正月開けの三学期初日、二人仲良く教室で話しているところに祐輔が割り込んで来る。
「よう久しぶり、心なしかいつもより仲が良いな」
「そりゃ親友だもの、ねえ?」
「ええ、親友よ。一生の親友」
 司の親友発言に祐輔はあからさまに驚く。
「柳葉さん、マナと冬休み中に何かあった? 一生の親友だなんて、わりと凄い発言だと思うんだけど」
「ご想像にお任せするわ」
 穏やかな表情から二人にとって良い事があったことは想像に難くない。
「まあ、二人が仲良いってのは俺も嬉しいんだけどな」
 祐輔は軽い挨拶だけで済ませ席に戻る。愛美は全く意に介していないようで祐輔を全く見ていない。
(推測でしかないけど、雪村君はきっとマナを特別な存在として見ていると思う。私とマナとが親友になり非行から更生したという点だけ見ても、嬉しいといった言葉は本音だろう。それだけマナを大切に考えてるってことになる。マナ本人は全く気付いてないみたいだけど……)
 愛美は相変わらず司の方だけ向いてニコニコしていた。クリスマスイブ以降、司は愛美に心を開き愛美もそれを全て受け止めている。親友どころか話し相手すらほとんど居なかった司だが、自分を全て受け入れてくれる存在は計り知れないほどの安心感がある。
(マナとの関係は絶対に守らなければならない。掛け替えのない大事な存在なのだから。一生大事にしなきゃ……って、これじゃあプロポーズ後の男性みたいか)
 変な想像をしてしまい司は含み笑いをする。
「どうしたのバツ? 笑ってる」
「ただの思い出し笑い。マナと最初に会ったとき、時代送れのヤンキーだったな~って」
「もう、恥ずかしいからそれ言わないでよ。私の中では黒歴史なんだからさ~」
 口を尖らせ抗議する子供のような愛美を見て、司の頬は自然と綻んでしまう――――


――五月、進路相談が始まり廊下には、司、祐輔、愛美の順番で並ぶ。祐輔と愛美には親が同伴しているが、司には保護者らしき者は誰もいない。担任には仕事の都合と説明するも、両親が司の為に時間を割くことが今後も無いことは自身が一番よく理解していた。
 成績優秀な司には指定校推薦を提示されるも、試験結果によって学費全額免除となる早稲田一般受験を選択すると告げる。非常に短い面談を済ませ教室を退室すると、母親と話している愛美に目配せし渡り廊下で外の景色を眺める。そして、先の面談を振り返りながら自身の選択を疑問視する。
 学費免除で大学へ進み、キャリア官僚になる。思い描く未来へ微塵も逸れることなく進んでいるのにも関わらず、心の中はモヤモヤしておりどこかスッキリしない。学費免除ならば不仲な家族に頼らず高校卒業後、すぐ家を出て自立もできる。今のうちからバイトを重ねれば、一人暮らしの資金を捻出することも訳はない。自分自身の力量を以ってすれば、大抵の困難は克服できる。ただ一つ気掛かりなのが愛美の存在で、大学も同じところへ行きたがっている点だ。
 本気を出した愛美の学力ならば、どの大学でも通るであろうことは想像に難くないが、本来愛美が決めるべき人生の針路を、自分が決めているような心地がしてしまう。有り得ないとは思いつつも、仮に同じ大学に進みそこで仲たがいし決別した際、愛美がその大学にいる存在理由が無くなる。選択した大学次第では就けない職も出て来るだろう。一緒に居たい気持ちは同じながらも、自分の判断により愛美の人生を狂わせるようなことにならないか不安になる。想い悩んでいると背後から面談を終えた祐輔がやってくる。
「よう、浮かない顔をしてるようだけど、何か厳しいことでも言われたのか?」
「いいえ、指定校推薦提示されたくらいだから問題ない」
「さすが柳葉さん。じゃあ、何に悩んでる?」
 祐輔の言葉に甘える形で司は語り始める。共通の友人という点で話しやすい相手でもある。愛美の進路について抱えている悩みを手短に打ち明けると祐輔は口を開く。
「言葉が悪いかもしれないけど、それって柳葉さんがマナを子供扱いしてるってことにならない? マナも同じ十八歳だ。自分で決めた進路に自分で責任を持ってしかるべき。柳葉さんと居たいからという理由で決めた進路だとしても、決めたのがマナ自身ならば全ての責任を負うのもマナ。柳葉さんは考え過ぎ」
 祐輔の意見に司は納得してしまう。それと同時に無意識ながら、自分自身がどれだけ愛美を大事にしているのかも悟る。
(雪村君の意見は正論だ。私はマナを大事に想う余り、過保護になってたんだ。でもそれだけ私はマナのことを……)
 考え込む司の様子を見て祐輔が口を開く。
「柳葉さん、マナと親友なんだろ?」
「ええ、もちろん」
「だったら答えは簡単。私はこう考えてるけどマナはどう思う? って聞けばいいだけ。そして、そこから話し合って二人で答えを出せばいい。違うかい?」
 笑顔で語る祐輔に司はドキッとする。
「確かに、そうね」
「柳葉さん、頭良いから考え過ぎるんだよ。もっとシンプルに考えればいい。親友ならなんでも話せなきゃ嘘だ」
「そうね。雪村君の言う通りだわ。聞いてくれてありがとう。スッキリしたわ」
「どう致しまして」
「相談ついでに一つ聞いてもいいかしら?」
「もちろん、何?」
「雪村君、マナのこと異性として好き?」
 突然の恋愛的質問に祐輔は一瞬目を丸くする。
「随分唐突な質問だね。でもまあ、ノーコメントかな」
 直ぐに回答が得られないであろうことは予期していたものの、あっさり拒否されると戸惑う。
(よく分からない人。本当に本心から幼馴染としてマナを気に掛けてるだけかしら? マナと違ってポーカーフェイスな部分もあって感情が読み辛い。まあ他人の事は言えないけど……)
「唐突な質問ごめんなさい。何となくそう感じただけで他意はないから。ところで、雪村君は進路どうするの?」
「俺は医者を目指すよ。医学部あるならどこでもいいんだけど、一応慶應が第一志望。柳葉さんと違って優秀じゃないから厳しいけど」
「雪村君なら良い医者になれるわ。聡明で優しいもの」
「ありがとう」
 自分に向けられる笑顔に内心ドキドキするが、顔には出さず平静を装う。ほどなくすると愛美が現れ入れ代わるように祐輔は去って行く。
「あれ、今ユウと話してたみたいだけど、私お邪魔だった?」
「いいえ、進路のことを少し話してた程度だから大丈夫。マナこそ進路はどうするの?」
「もちろんバツと同じ早稲田。ま、私は特待生狙ってないし、余裕だと思うけど」
 愛美の意見を聞いて司は思い悩んでいた話を吐露する。真面目に聞いていた愛美だが、聞き終えた後は笑顔になり、祐輔と同じ結論を口にした。
「親友としてちゃんと話してくれたことが嬉しい」
 そう語った愛美の姿を見て、司の進路は揺るぎないものになりつつあった。