警察署で事情を聞かれたりしたものの、小田切側に完全に非があり司たちはすぐに帰宅できることになる。署を出ると同時に、愛美は司に向かって頭を下げてくる。
「助けてくれてありがとう」
 頭を下げたまま動かない愛美を見て、司は居心地が悪くなる。
「私は通報しただけ。礼なら直接助けた雪村君に言うべき」
 司の言葉を聞くと愛美は祐輔に向き直し頭を下げる。
「ありがとう、ユウ」
「お、おう」
 そう返すと照れているのか、小田切と格闘したときに出来た顔の痣を摩りながらそっぽを向いている。
「二人に助けてもらわなかったら超ヤバかった。何を逆恨みしたのか、アタシを監禁するとか言い出してさ。アイツ超頭おかしいよ」
「頭おかしいのは若宮さんも同じよ。憶測になるけど小田切と肉体関係があったんでしょ? じゃないと金づるなんて単語出ないし、若宮さんがやってたことも立派な犯罪。私から見たらどっちもどっち」
 司から浴びせられる強烈な言葉に祐輔はハラハラする。意見されることを嫌う愛美が逆ギレしないか心配なのだ。
「ごめんなさい。そうだよね。こうなった原因は私の援交だし」
 しかし、しおらしい愛美を目の当たりにして祐輔は驚いた顔をする。
「分かってるのなら今後、援交なんてしないことね」
「うん、しない。誓ってしない」
「それが賢明よ。じゃあ私帰るから」
「待って!」
「なに?」
「やっぱりアタシと友達になって! 変な言い方だけどアタシと柳葉さんって、運命の糸みたいなもので繋がってる気がする。今日助けてくれたこともそうだし、出会ったこと自体が運命だと思う。お願い! 友達になって!」
 真剣に懇願する愛美を見て少し心が揺れるが、冷静に考えて言葉を出す。
「答えは変わらない。友達にはならない。運命って単語、一番嫌いなの。さようなら」
 背中を向けて立ち去ろうとした次の瞬間、背後からふいに抱きしめられる。
「ちょっと! 若宮さん!? 離して!」
「友達になってくれるまで離さない!」
「なに無茶苦茶なこと言ってるの? こんなことして逆効果だと分からないの?」
「アタシバカだから分からない! 分からないから友達になって教えて!」
「もう! 意味分からないから!」
 警察署の駐車場で騒いでいる二人を見て、署内から警察官が訝しげに見ている。祐輔はあまりの出来事に唖然とするしかない。
「わ、分かった! 分かったから一旦離れて!」
「友達になるって言うまでは嫌!」
「友達になるから! 早く離れて」
「やった!」
 愛美が離れると司は肩で息をしながら口を開く。
「と、友達になるけど、条件がある」
「うん、なんでも言って」
「次の中間テストで私より合計点数が上なら友達になる。私は馬鹿が嫌いだから、これは引けない一線」
 司の言葉からショックを受けたのか愛美は沈黙する。そして、予想外なことを切り出す。
「ねえユウ。中間テストって何点満点?」
「うちの高校だと十教科で千点満点だよ。ちなみにテストは一ヶ月後くらいからだな。お前、まともにテスト受けたことないもんな」
「うん、アタシ勉強嫌いだもん」
 二人の会話を聞き司は絶望感が入り交じった希望を感じる。
「残念だけどそれじゃあ友達になれそうにないわね。私は前回の中間九百点以上だから」
「凄い! ねえユウ! 私の親友って凄いでしょ? 超頭いいんだから!」
「ちょっと待って。人の話聞いてる? テストで私より点数よければって条件だから。まだ友達でもなければ親友でもない」
「うん、ちゃんと聞いてるよ。だから一ヶ月ちゃんと勉強してみる。バツとは親友になりたいし」
「バツ? バツって私のこと?」
「うん。柳葉のバと司のツでバツ」
「ネーミングセンスが全く感じられないあだ名ね。却下するわ」
「そうかな? カッコイイじゃん、殺し屋とかのコードネームみたいで。アタシの中のイメージではピッタリ」
「私は殺し屋にも秘密諜報員にもならないから。っていうかもう遅いから帰るよ?」
「そうだね。今日は本当にありがとう。また明日学校でね、バツ」
 変なあだ名を無視し司は内心ドギマギしつつ警察署を後にした――――


――翌日、教室に入るなり愛美が腕に絡みついて来る。
「おはよう、バツ。今日も美人だね」
「おはよう。離れて、そして話し掛けないで」
「冷たいな~、親友でしょ?」
「テストの結果次第でね」
「後一ヶ月も先でしょ? そんなに我慢出来ないよ。バツとは一日でも早くいろんなお喋りして、買い物したり遊んだり、たまには喧嘩したりして青春を謳歌したいんだから」
「一ヶ月後友達になれる前提で話してるみたいだけど、そんなに自信あるわけ?」
「ないよ。あっ、テスト範囲教えて」
「なんでライバルに手を貸すことしなきゃいけないよ。っていうかまだ範囲発表されてないから、少しは自分で調べて。後、早く離れて」
「はーい」
 金髪で不良の筆頭格とされる愛美をあしらう司にクラスメイトはざわつき動揺している。そこへ現れた祐輔を含み三人で仲良さげに会話を始め、以降クラス内では司が権力者の令嬢ではないかという噂が流れていた。


 一ヶ月後、中間テストの用紙が返って来てクラス内の生徒は悲喜こもごもする。その中で一番焦っているのは意外にも司であり、これから返ってくる日本史の結果次第ではとんでもない結末になる。後になって祐輔から聞いた話だが、再婚してグレる前の愛美は学年トップでスポーツ万能という超優等生だったらしい。その愛美が本気を出して挑んだ中間テストの結果が悪いわけもなく。九教科返却され現在の合計点数差はわずか三点しかない。もしこの日本史で三点以上差を付けられたら約束を果たさなければならなくなる。
 出席番号順にテスト用紙が返却され、司の方が先に手渡される。日本史は自信があるものの、祈るような気持ちで点数を確認すると、そこには九十八と記載されていた。
(やった! これで私の勝ちは確定だ。愛美が満点でも差は二点しか縮まらない)
 座席に戻りホッとしていると金髪ポニーの愛美がクラスメイト最後のテスト用紙を受け取りに行く。
(無駄よ。もう結果は出てるもの)
 座席に戻る愛美を見ていると、笑顔で司に手を振っている。
(えっ、意味が分からない。なんで笑顔?)
 訝しがっていると日本史担当の女性教諭が口を開く。
「実は皆さんに謝らないといけないことがあります。今回の日本史のテストですが、私の配点ミスで満点が百点でなく百三点になります。異例になりますが、百点を超える点数を取った生徒の残数は、期末テストの結果に持ち越すという形を取らせて戴きます」
 この言葉を聞いた瞬間、司は笑顔の意味を察してゾッとする。
「ちなみに、学年で百点を超えた生徒は一人だけだったんですが、若宮さん、余った三点は期末テストに持ち越すので許してちょうだいね」
「はーい」
 朗らかに返事をする愛美に対して、クラスメイト全員が驚嘆の目を向けていた。