「何度も確認するけれど、お見合いをするだけでお父さんの顔が立つのよね? 返事は断ってもいいのよね?」





お見合いと言えば振袖。まだ経済的にも余裕があった時、一人娘の葵に成人の振袖を一揃え誂えていた。友達の結婚式に一度袖を通して以来、久しぶりに着る。

 美容院で髪をセットし、着付けをしてもらい自宅へ戻っていた。見合いの場所である料亭に行く前に父、義孝に再度、確認をしていた所である。





 「もちろんだ。結婚は葵が好きな人としてもらいたい。見合いをしてもらうだけでも申し訳ないのに」





 同席する父、義孝はスーツを着て、いつもはしないポケットチーフを胸にさしていた。会社を経営していた頃はどっぷりと太り、お腹周りがどっぷりと肉付き、ズボンはいつもサスペンダーをしていた。しかし、心労もあって今はすっかりスマートなおじさんだ。

 母、恵美子は訪問着を同じく美容院で着付けてもらい、お茶を淹れていた。女は図太い。そう聞くことも読むことも何度かあった。その言葉とおり、義孝とは違い恵美子は変らずにいた。





 「葵、ごめんね。これが済めば、あとは仲人さんにお断りするだけでいいから。でも、まだ勤め出して半年のお父さんに、何故、お見合いの話を持ってきたのかしらね、部長さん」





義孝の前に湯飲みを置くと、首を傾げた。





 義孝は、倒産してからというもの、就職口を見つけるためにハローワークに通っていた。そこでも、日雇いや、派遣の仕事しかなく、仕事を転々としていたのだ。ところが、今年に入って急に就職が決まった。それも、日本は元より、海外にも進出している大企業、名波グループの子会社に勤めることになったのだ。

 名波商事は手広く事業をしている大企業だ。 仕事が決まったのも派遣で行っていた工場の工場長から声が掛かったのだ。よくよく調べてみれば、派遣先の工場も名波グループであった。

 その時は、辛いどん底でも皆が頑張って協力してくれたから、良いことが舞い込んできたのだと、家族揃って喜んでいたのだが、それも用意周到に仕組まれたことだったとは、家族は、思いもしなかった。





「ん、まあ、飲み会の席の、他愛ない話で葵の事を話したのかもしれんな。何度か見合いのセッティングをしたことがあるらしいし」



義孝は、微塵も疑問に思っていない。





 「部長さんだけに、お断りするのに言葉を選ばないといけないわね」





 恵美子は、初めてのことで、見合いが始める前から、断る口実を一生懸命に考えていた。頬に手をあて、困った風に首を傾げた。

 当の本人、葵は、本当に断れるものだろうか、義孝の上司など、いろんなものが絡みあって大変になるのではと、前向きには考えられずに当日を迎えたのだ。