記憶を辿れば、それから何ヵ月かして、ホテルで、ある会社の創業記念パーティーがあった。そのときも、壁にもたれている男がいた。広報部にいる葵が本来、パーティーのスタッフをすることはないが、この時はバイトを取りまとめるスタッフが急病で休みを取ってしまい、葵に声が掛かったのだ。パーティーや結婚式、披露宴などが重なると、こういうこともありえる、それも異例のことだ。





「お客様、体調がすぐれませんか? 庭園側に椅子がございます。新鮮な空気を少しお吸いになられてはいかがですか?」



今にも倒れそうに、前屈みになっている。葵は、下から覗き込むようにして、男の顔色を窺った。





「……ああ、ありがとう」



男は、消え入りそうな声で、答える。

葵はホテル自慢の庭園が見える窓際に椅子を用意し、少し窓を開けた。





「こちらに」





男をうながすと、近くのテーブルから、水とおしぼり、カットフルーツを何点か皿にもり、男の傍に持っていった。





「こちらのテーブルにお水をご用意しました。休まれても体調がすぐれなければ、従業員をお呼びください。横になれるお部屋をご用意したしますので」

「すまない。ありがとう」

「いいえ。では、失礼いたします」





そのやり取りをしたのも、仁だったのだ。



「クラブのバイトはホテルには内緒です。黙っていてもらえませんか? 弟達が大学を卒業するまであと2年、それまで……」



葵は、必死の形相で頼み込む。





「勘違いをしないで、そんなことを言うつもりはないんだ」





仁は、手の平を葵の方に見せて、違うという風な仕草を見せた。





「偶然とはいえ、二度も会っていたんですね。それも別の場所で。……あの、私はいろいろと複雑な事情があります。全く不釣り合いなんです。だから、名波さんに……副社長に相応しいご家庭のご令嬢をお探しになってください。ごめんなさい。……あっと! すみません、バイトの時間なので。こちらの都合ばかりを言ってごめんなさい。じゃあ」

「あ、ちょっと……」



葵は、自分の言い分を言うと、慌ただしく出て行った。

残された仁は、ばたばたと出て行った葵を見送ると、庭先を見つめ、深いため息をついていた。