▼1 女、唄をうたう







 古い森だった。
 
 昔から、その森には精霊がいるといわれてきた。それは豊かな森を見た人ならばわかるだろう―――もっとも、"立ち入る人がいれば"の話だが。
 立ち入る者なんて、ない。

 
 その森には両手を広げても足りないほどの太さの木はたくさんある。
 何しろ、古い森だから。
 寂しくなったり、泣きたくなったりすると、よく大きな木の近くにいった。そして、何故、と呟いた。

 何度も。
 ……何度も。
 何故、と。

 けれど、何も変わらない。いつしか私は、諦めた。
 そのかわり、生きよう、と思った。生きて、そして私が死ぬまで。
 





「お姉ちゃん!」



 はっとした。
 大きな木の下にいた私は、そっと体を木肌から離した。そして身をくねらせるようにして見ると、そこには小柄な姿がある。
 太陽の光に照らされ、黄金を思わせる金髪はぐじゃぐじゃである。
 朝起きたときに手入れしたはずなのだが、と苦笑してしまいながら、抱きついてきたのを受け止めた。
 



「水やり、終わったよ!」

「そう。ありがとう」




 家の近くにある畑の水やりを頼んでいた。不思議なことに、成長がかなり早く、食べ物にはあまり困らない。木々の実も探せば見つかるし、水だってある。
 生活は出来るだろう。
 昔はまだ人の手が入っていたのだが、ここ数年はさっぱりだった。

 人里では、この森を魔の森だといって近寄らない。

 この少女―――キアラは、この森に置いていかれ、一人泣いていた。まだ幼い少女は、捨てられたのである。聞けば物心ついたあたりから、親はいなかったらしい。そもそも他国人ではないだろうか?当時、言葉が全然通じなかったから。
 そうして、私はキアラと住むようになって数年。昔はキアラも沈んだ顔であったが、今は違う。
 昔の私のように、森の中を自由に動き回る。森には蔦やらなにやらあるし、よく引っ掻ける。だから、せっかくの金髪がグシャグシャなのである。
 




「ねぇ、イシュお姉ちゃん」

「うん?」

「今日は何の歌を教えてくれるの?」

「そうだなぁ…」




 キアラが私の体に触れている。ひらりひらりと先を動かしながら考える。
 



「《春の歌》とかは?」

「《春の歌》!」



 キアラがそうひまわりのように笑うので、私はそこから好きな歌を探す。題名なんかないものばかり。私が唄ったものを、私が適当に題名をつけたり、あるいはキアラがつけたりしたものばかりだ。

 私は「じゃあ戻りながら」というと、キアラが跳ねるように歩き始めた。