「西垣さん、ちょっと待ってよ」

慌てて駆け寄ってくる柴田さんのことは完全無視で、ずんずんと歩いて行く。

柴田さんは何も悪くないけれど、あなたのことを待っててあげられるほど私には余裕がないの。

今の私の頭の中は、颯のことでいっぱい。いや、いつでもどんなときでも颯のことでいっぱいだけで、今日はキャパ超えするほどいっぱい。

いくら私がどれだけ颯のことを好きでも、ここは会社。デスク周りや引き出しの中を颯一色にするわけにはいかない。だから吟味に吟味を重ねて、あの一枚のブロマイドだけを大切に持ってきていた。

『どんなときも一緒だよ、薫子』

なんて嬉しいことを言ってくれるから、そばに置いておいたというのに……。

「あの鬼畜上司め。うちの男どもより最低だ」

もう周りのことなんて見えていない。ただ前を向いて鼻息荒く歩いていたから、すぐ近くまで柴田さんが来ていることに気づいてなかった。

「っと、捕まえた。西垣さん、歩くの早いよ」

そう言っていきなり腕を掴まれた私は、無意識に彼の腕を捻り上げてしまう。

「イッてぇー」

突然耳をつんざくような大声に自分を取り戻した私は、目の前で顔をしかめている柴田さんを見て一瞬で状況を把握。

「あぁ、柴田さん、ごめんなさい。私、全然気づかなくて」

慌てて手を離すと、まだ痛そうに腕をさすっている柴田さんに近づいた。