私の部屋は最上階にあって、いつもはエレベーターを使うのだけれど、今日は考え事があったせいで気がついたらいつの間にか階段を登ってしまっていた。

さっきのメイドの一言が、私の頭の中で反芻する。
…そうよね。お嬢様とはいえ、自分の身は自分で守らなきゃ。当たり前よね。
…でも。
不思議と、怪盗Xが怖いというイメージは私の中にはなかった。

私は昴メイカ。17になって、この家の事をよく考えるようになった。まず、私が昴財閥の一人娘ゆえに、跡取りであるという事を最近知った。性が‘昴’なのは、お父様が日本人だから。そして、お母様が英国人なので私はハーフ。この繊細な金髪の質は、母似だとメイド達からよく聞かされていた。…というのも、私は両親を知らない。物心がついたときには
そばにはメイド達がいて、肉親はいなかった。写真では顔を知るものの、見たとは言えない。
「はぁ……」
少し、息が切れてきた…。ここの城は15階まである。…さすがに、エレベーターを使うべきだったかも。でも、たまには頑張ろうかしら…。
そんな事を考えながらひたすら登る事数分で、やっと自室についた。入るとすぐに窓を開ける。メイドには「気をつけて」って言われたけど、寝る前には外の空気を吸うのが習慣づいていた。

幼い頃から分かっていた事…それは、私はこの城に匿われているという事。
外にでようとするものなら、本を読んで遊べと言われた。とにかく、何があっても外には出さなかった。でも、あの頃はそんなに不思議に思わなかったから、素直に本を読んでいた。だから、私に人間の友達はいない。本が友達で、いまでもメイド以外の人間とは会ったことがないし、喋ったこともない。物語の中の王子でも動物でもなんでもいいから、私を連れ出してはくれないかしらと、何度思った事だろう。外への期待感で溢れていた幼少期はとっくに過ぎ、今では逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

窓越しに城下をながめる。ここからは、街の様子が良く見える。いつもこの時間、夜の公園では恋人達が愛を育み、兄弟たちは賑やかに喧嘩し、仲良く夕ご飯を食べる家族がいる。その光景を眺めていて、幸福になる自分と孤独になる自分がいる。妬ましいとは思った事はない。ただ、ひたすらに羨ましくてしょうがなかった。

このまま私は
生涯孤独でいるのかしら…

昔は明るかった性格も、今ではこうだ。…わかる。いまなら。
不幸は、孤独に等しいと。

涙が零れるのも、もういつもの習慣になってしまった。もう少し夜空の方も見たかったけれど、今日はもう寝よう。そして、明日も今日と同じ孤独を生きる。それが、私の運命だから……

窓を離れて、反対側にあるクローゼットへ近づく。素晴らしく着こなされたドレスを順良く脱いでゆき、白いワンピース風の寝巻きに着替える。
そして、結ってある髪をほどこうとした時だった。

「…待て。俺がほどこう。」

背後からヌッと手がでてきて、私をクローゼットに追いやった。後ろを振り返る事ができなかった。
直前の声からして、男…。
そして、すぐその声の主が誰かというのは見当がついた。

「お気をつけくださいませ。」

メイドの一言が、再び私の中で繰り返し蘇った…。