ケータイ小説 野いちご

デキる女の方程式

過去の清算

祖父はイタリア人、祖母は良家の帰国子女。父は貿易会社専務で、母はバリバリの女社長。兄姉もいるにはいるけど、年が離れているから殆ど一人っ子で育ったようなもん。そんな私に、小さい頃から囁かれていた黒い噂。
「杉崎さん家のレイラちゃんは…」
実家に帰省する度に、近所の人がコソコソ言い合ってるのを耳にした。子供だからって、知らないと思ったら大間違い。ちゃんと聞こえてたんだから。
「青葉に裏口入学したんだって…」
否定するのもバカバカしくなるような噂に辟易していた。そんな大人達の相手をする程、暇でもなかった。
「玲良、寮生活はどう?」
おっとり派のおばあちゃまは、私が帰る度に同じ事を聞いた。
「レイラ、明日サッカー観戦に行こうか?」
根っからのイタリア人であるおじいちゃまは、いつもスポーツ観戦に誘った。
共働きで、殆ど家にいない両親の代わりをしてくれた二人。仲睦まじくて、私の憧れだった。

「たった今、息を引き取られました…」
父に手を引かれ訪れた病院。緩和ケアの意味さえ、知らないような年頃だった。
「レイラ、おばあちゃまにお別れして…」
側にいた母に言われ近づいた大きなベッド。白いシーツの中で、大好きなおばあちゃまが眠っていた。
「おばあちゃま…」
いつものように声をかけた。返事がない。ベッドの周りを取り囲む家族達が泣いている。でも…
「おばあちゃま、笑ってる…」
私の言葉に、末のおば様が大きな声で泣きだした。それにつられて、皆が啜り泣く。
悪い事を言ってしまったのかと、急に不安になった。
「どうして皆泣くの?」
母の服の袖を引っ張った。泣きながら目に涙を浮かべ、母が答えた。
「おばあちゃまが天国に召されたからよ…」
「テンゴク…?」
毎朝ミサに参加してても、いまいちピンとこなかった。すると、おじいちゃまが優しく教えてくれた。
「ミカエル様の元に行ったんだよ…レイラ…」
「ミカエル様の所?」
大天使ミカエル様は、ミサのお話の中に出てくる大好きな天使の名前だった。
「そうだよ。お迎えが来たんだ。おばあちゃまの所に…」
目を潤ませてるおじいちゃまを見たのは初めてだった。
「だからもう、レイラや私達とお話することも、暮らすことも出来ないんだ…」
「レイラが青葉から帰っても?」
長期休暇の帰省を意味して聞いたんだと思う。
おじいちゃまはそうだよ…と、淋しそうに呟いた。
「おばあちゃまの身体は土に還ってしまうから、もうこの姿では会えなくなるんだ…」
おじいちゃまの顔を見て、改めておばあちゃまを見た。
少し見ない間に、すっかり痩せて、顔が小さくなっていた。
「おばあちゃま…」
布団の上に組まれていた手を握った。まだ温かくて、ただ眠ってるだけみたいだった…。
「おばあちゃま…もうお話できないの?」
おじいちゃまに聞いた。
「青葉から帰っても…おばあちゃまいないの?」
父に聞いた。
「レイラと…もう…遊べないの…?」
最後の方は、泣き声になってたと思う。母が優しく髪を撫でた。
「そうよ…だからレイラ、お別れしてね…」
事の重大さを、何度も聞き返して、ようやく理解できた。
「…おばあちゃま!」
お腹の上の手を揺すった。どんなに揺すっても起きないおばあちゃまにすがりついて、大きな声で泣いた。
「おばあちゃま…おばあちゃま… ‼︎ 」
大好きなおばあちゃま。
母の代わりを、沢山してくれたおばあちゃま。
字が綺麗で、お料理が上手で、いつも着物を着ていたおばあちゃま…。
名前に相応しい女性になりなさい…と、いつも言ってくれていた。
「レイラの玲は美しさ、レイラの良は素直であること…」
おまじないのようにいつも聞かされていた名前の由来。おばあちゃまがつけてくれた。
(なのに、その言葉も、もう聞けない…!)
甲高い声で、相当泣いてたと思う。声がかすれて、出なくなっても、一向に涙は枯れなかった。
「泣かないで玲良ちゃん…」
頭の上から、深くて優しい声がした。
初めて会った筈なのに、まるで知ってる子の様に話しかけられた。
「清花(さやか)様の自慢の孫娘さん。お勉強が良く出来て、美人で運動神経もいい。そして何より、我慢強い。まだたった七歳なのに、親元から離れて寮生活を送ってる…」
淡いピンクのナース服を着たお姉さん。胸の名札が「河本(かわもと)」となっていた。
「いつも清花様が仰ってた通りのお嬢様ですね…」
にっこり笑った笑顔が、花のように明るくて穏やかだった。
「泣かないで。笑ってあげて下さい。清花様は笑っておられるでしょう?」
背を屈めて、目線を合わせてくれた。ね?っと首を傾げ、おばあちゃまを見た。
「ずっと玲良ちゃんが来て下さるのを、待っておられたんですよ。小さな足音が聞こえて、安心してミカエル様の元へ行かれたんです。お別れじゃありません。旅立ちです。いつかまた、必ずお会いになれます…」
神父様の様に、胸に沁み入る声だった。
泣いても枯れない涙を、その人が全て、受け止めてくれた…。

…あの日から、いつか私も人の心を優しく、穏やかにしてあげられるような人になりたい。誰かの、心の太陽になりたいと思うようになった。でも、現実は、そんなに思うように行かなくて…。


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