喫茶店とは反対側の斜面を降り、私は先程の女性に教えられた町へ向かった。

丘を下りきるとあたりには畑が広がり、ぽつりぽつりと民家が建っているのが目に映った。
畑のあぜ道を歩いて行くに連れ、畑が少なくなりその代わりに民家の数が増えていく。
さらに先へ進んで行くと、商店が軒を連ねる通りへ出た。
たいして賑わっているわけではないが、おそらくここがこの小さな町の中で一番栄えている場所なのだろう。

さしあたり、今、必要なものはない。
通りの店には、さして目も向けず足早に歩いていたその時、私の前に小さな男の子が飛び出して来た。



「お兄さんも絵本を買いに来たの?」

「絵本…?」

少年の言葉に不思議な感覚を覚えた。



少年の口ぶりだと、まるでこの町を訪れる者達は本を目当てに来る者ばかりだとでも言わんばかりだ。
珍しい本でもあるというのか?
珍しい本を置いている本屋がある町…?
おかしな話だ。
いくら夢にしても、どうにも辻褄の合わない話だ。
なぜ、私はこんなおかしな夢を見ているのだろうと思ったが、そんなことを考えても答えなど出るはずもない。



「そういうわけじゃないんだけどね…
なにか面白い絵本があるのかい?
せっかくだから、その本屋さんに連れて行ってくれるかな?」

「そうか…お兄さんは違うんだね。
じゃあ、行っても面白くないかもしれないよ。」

「良いよ。
それでも、連れて行っておくれ。」

「そう…じゃあ、ついて来て!
こっちだよ!」

少年は通りの隙間の細い道を、裏通りに向かって駆け出した。
ちょこまかと、まるでねずみのように路地を走り抜ける彼を追うのは大変だった。
特別強い興味があったわけでもなかったものを…
こんなことなら、興味本位に案内等頼むのではなかったと、あがる息の中で考えた。



「ここだよ。」

やっと目当ての本屋に着いたようだ。
どこにでもありそうな…どちらかといえば、古本屋のように見える店だった。
小さく古ぼけた外観のせいでそう思ったのかもしれない。

少年は少しも躊躇うことなく、その店の引き戸を開いた。