いや、正確には違う場所ではない。
あたりを見渡してみると、そこは間違いなく先程の喫茶店の中だったのだから。
店内の広さも家具の配置も、先程とまるで同じだ。
ただ、違っていたのは、今までそこには存在していなかった人々の存在だ。
私と老主人しかいなかった筈の店内には、大勢の客がいた。

窓際の席でコーヒーを片手に新聞を読む客、若い男女の二人連れは周りのことなどお構いなしにみつめあって二人だけの世界に浸っている、私の隣の席には中年女性の四人組みが座り、けたたましい声で何事かを笑いあい、そして、カウンターの客の一人はカウンターの中にいる男性と話している。
しかし、その男性は先程の年老いた店主とは違う人物だ。
そして、私の席にも埃の跡がなかった。
ほんの一瞬前まで、テーブルにも椅子同様に白い埃が積もり、床には私が払った椅子の上の埃が落ちているはずなのに、それもない。

まるで、狐につままれたような気分だった。

そういえば、さっきから誰一人として私が突然現れたことに驚いた様子を見せてはいない。



(まさか…私の姿が見えていないのでは…?!)



突然、頭の中に浮かび上がった馬鹿げた妄想に、背筋が寒くなった。



もしかしたら、私は突然何かのアクシデントに見舞われ、死んでしまったのではないかと思ったのだ。
だから、ここにいる人達に私の姿が見えていないのではないかと……



「あの…すみません。」



私は中年女性に後ろから声をかけた。
しかし、女性は振り返りもしなかった。
やはり、私の推測通りなのだろうか?
不安と諦めの混じった重い気持ちを胸に、私は立ちあがり女性の肩を叩いてみた。



「あぁ!びっくりした!何?」

女性の身体を突き抜けるのではないかと思っていた私の手は女性の肉付きの良い肩に確かにあたり、それと同時に女性は振り向いた。
思いがけない反応に、私は一瞬うろたえながら、無理にその場を取り繕った。



「あ…あの…少々お尋ねしたいのですが…」

「あら…イイ男!
あなた、一人旅なの?」

「え…ええ、そうなんです。」

「それで、なぁに?
どうかしたの?」

「え…?あ…その…このあたりに何か珍しいものや場所はないでしょうか?」

咄嗟に私はそんなつまらないことを口にした。



「それなら、この近くに水晶の丘って場所があるわよ。」

「でも、見た感じはごく普通の丘なんだけどねぇ…」

その言葉に、他の三人がどっと笑った。



「ここから一本道だから、迷う事はないわよ。」

「それは、どうもありがとうございました。
では、そこへ行ってみます。」

話を聞いた成り行き上、そこにいるわけにもいかなくなり、私は女性達に頭を下げ、喫茶店を後にした。