その日もいつもと変わらないごくありきたりな一日になるはずだった。



私は前日の夕方着いたこの町の宿屋で目覚め、散歩がてら、町の中を散策していた。
宿の主人から、この町には何も面白いものがないということを聞いてはいたが、日頃見慣れているとなんでもないことが、初めて目にする者にとってはとても新鮮に映る場合がある。
そんなものがあるかもしれないと、私は小さな期待を胸に町の中を見て歩いていたのだった。
しかし、さほど大きくないその町の中には、宿の主人が言った通り、物珍しいものは何一つみつけることは出来なかった。



町外れまで来て、そろそろ宿へ戻ろうかと考えた時、私の目に一軒の店が映った。
いや、店かどうかは定かではないが、軒先に看板らしきものが下がっているのが見えたので店だと思っただけなのだ。

あたりには、民家の一軒もなく、ただ、荒涼とした原っぱが果てしなく広がっているだけ。
こんな所に店等開いてもお客が来るとは思えない。
やはり、店ではないのかもしれない。
そんなことを漠然と考えている間にも、私の足はその場所へ向かって歩き出していた。



近くまで来てみると、やはりそこが店だったということがわかった。
看板の文字はかすれて読めないが、店の中でコーヒーをわかしている年老いた店主の姿がガラス越しに見えたからだ。
ほとんどが白髪となった店主は黒い前掛けを掛けており、店内の様子からもそこが喫茶店だということはわかった。
とはいえ、とても入り辛い雰囲気なのは、店内に誰一人としてお客がいなかったからだろうか?

しかし、ここまで来てそのまま帰るというのももったいない。
私の好奇心が店の扉を開けてくれた。



「いらっしゃい。」



私が中に入ると、年老いた店主は私の方を一瞥し愛想のない口調で出迎えてくれた。



どこに座ろうかと店内を見渡しているうちに、ある一角に私の目は停まった。
店の一番奥にある席だけ、不自然な程埃が積もっている。
他の席は、ピカピカとはいえないがそれなりに掃除がなされているようなのだが、そこだけが明らかにおかしいのだ。
私自身、隅っこの席は嫌いではなかったが、あんなに埃の積もった椅子に座りたいなどと思う者はいないだろう。
私は、その一つ手前の席に腰を降ろした。



「コーヒーですね…?」

「……は、はい。」



老主人は、まるで決めつけるようにそう言った。
きっと、客は来ないと思いながらも万一来た場合に備えて、コーヒーだけを点てていたのだろう。
それならば、それでも良い。
別になにか特別に飲みたいものがあったというわけではないのだから……