これから起こるであろう出来事を想像すると、やはり、すぐにでもここから離れたくなった。
しかし、考えてみればここで私が竜に食われればきっと目が覚めるだろうし、もしくは、寸での所で思いがけない展開に変わるということだってありうる。
そう考え、私は滝壷のほとりに腰掛け、竜が現れるのを待っていた。
しかし、不思議なことに竜は一向に現れなかった。

待っているうちに、あたりは暗くなり大きな月が顔を出した。
私は、空腹を感じていたが、あいにくとここには食べるものなどない。
せめて、水でも…と思い、滝壷の水面に手を伸ばした時、突然、水面の丸い月がゆらゆらと揺れ始めた。



(竜か……?!)



私は、そのままの態勢で動きを止め、揺れる水面をみつめていた。
その時…大きな水音と共に、水の中から奴が姿を現したのだ。
私の想像と寸分違わぬ大きな竜が……
竜の鋭い視線が、私の視線とぶつかった。
私も竜も、時の流れからはみ出してしまったかのように身動き一つしない。

そのうち、しびれを切らしたのか、竜が私に向かって言葉を投げかけてきた。
それは声に出したものではなく、私の心に直接届くものだった。



「人間よ。何をしている。
おまえは、私の目を取りに来たのではないのか?」

「そういうことになっているようですが、それは私の意思ではありません。
いつの間にか、あなたの目を取って来なければ私は命を取られることになっているようです。」

「ならば、なぜ、私にその剣を向けぬのだ?
そうしなければ、おまえは命を失うことになるのだろう?
おまえは命が惜しくないのか?」

「そりゃあ、惜しいですよ。
しかし、先程も言いましたように、私にはあなたの目を取る意思がないのです。
私は元々、争い事や人を傷付けるようなことは好きではありませんので……
それに、今までここに来た者は皆、あなたに食われたと聞いています。
私も、あなたに勝つほどの剣の腕はありませんし、どちらにしても、私は助からないのではないでしょうか?」

「私に敵わないことがわかっているから、あえて挑まぬということか?」

「いえ、それは少し違います。
私は、自分の意思ではないことをしたくはないのです。」

「ずいぶんとおかしなことを言う人間だ。
ならば、おまえの望み通り、私がおまえを食らってやろう!」

次の瞬間、私は竜の鋭い鉤爪に身体を押さえられていた。