平日の午前中、体調をやや崩した優希は学校を休んで病院へと足を運んでいた。
 昨晩から少し咳が出て熱っぽいと感じた優希は父が帰って来るまでソファに横になっていようとしたらそのまま寝てしまって、帰って来た父に酷く心配されてしまい。
 大丈夫と返すも、説き伏せてくる父に圧される形で翌日病院へ行くことを了承したのだった。
 母を亡くしてから父は過保護気味になってしまい、娘の体の具合にはすごく敏感なのである。
 別室で検温を終えた後に自分の番号を呼ばれ、診察室へと足を進めて行く。

「今日はどうされました?」

 椅子を動かして優希を見る医師は紅夜ほどの年齢で、つり目に眼鏡をかけている。
 髪は耳が隠れる位で瞳と同じく黒色。
 白衣の胸元のネームプレートには北上(きたがみ)と書かれていた。

「風邪気味みたいなんですが……」

 椅子に座りながら答えると北上はカルテを見て、熱が少しありますねと返してくる。

「症状はどのような物がありますか?」

「咳が少しと熱っぽさくらいです」

「それでは喉の具合を診ますので口を大きく開けて下さい」

 器具を取り出し近づく北上に従って優希は口を開ける。
 舌の圧迫感はすぐになくなって北上は距離を戻しカルテに記入していく。

「喉の腫れや炎症もないようですから軽い風邪でしょう。――最近、環境の変化でもありましたか?」

「え……」

 優希は聞かれて心臓がドキリとした。
 北上は真っ直ぐな眼差しでこちらを見る。

「何か辛い経験をされた、などありませんか?」

 優希は彼の瞳が仄暗く見え、背筋が寒く感じられる。
 しかし、優希にとっての辛い経験は十年前のことなので最近ではない。
 環境の変化は恐らく紅夜達の活動に参加を始めたことだと自覚していた。
 そのため、優希はいいえ、と否定を示す。
 すると北上の目に光が戻り、何もなかったように口もとに笑みをのせた。

「それは何よりです。それでは咳止めと解熱剤を出しますので、解熱剤は今よりも高い熱が出た場合に使用して下さい」

「はい」

「後でお薬が出ますので、薬の詳細は薬剤師の説明と併せて説明書をお読み下さいね」

 北上の言葉に続ける優しい笑顔の看護師に優希は再度はいと頷く。