「怒るなよぉ。」

東雲が、言った。だが通り過ぎる風やエンジン音で聞こえない。なにより直哉が、受け入れなかった。

「考えられない。お前の神経がわからない。」

「はいはい。ご・め・ん・ね」

「バカッ!!」

東雲に遊ばれている感じが否めなかったが直哉は言い返すことを諦めた。一ノ瀬の家が見えてきたからだった。

チャイムを鳴らすと若芽がドアを開けた。

「おはようございます。あの、先生はコンビニに出ていて…それで…」

「分かったよ。あとそんなに怖がる必要性はないと思うよ。たぶん俺達、同じタイプの人間だからさ。…見た目は違うけど。」

直哉は、振り向くことなく仕事部屋に入って行った。東雲は、若芽の肩をトントンと2回叩き直哉の後に続いた。そのあと若芽がどのような表情をしたか二人には分からなかった。

直哉は、自席に着くと天を仰いだ。なぜ若芽に対しあんな言葉が出たのかと。
若芽は、人と話すときギュッと手に力を込める。額に汗とかなりの緊張状態であることが直哉は前から(出会ったとき)気になっていた。だが自分は人に対して興味を持ったことも無いし持って欲しいとも思わない。直哉は、モヤモヤしたまま一日を過ごす羽目となった。

「何か、お悩みかい?」

直哉の耳元で低く甘い声が囁いた。直哉は、寒気を覚え殴る勢いで後ろに振り向こうとした。

「はい、暴力反対。」

一ノ瀬は、直哉の腕を掴みそのまま背中から直哉を包み込んだ。

「フウ…。最近のこどもは殴ることしか問題解決の方法が無いのかなぁ。先生は、悲しい。」

「放してくれます?キモいんですけど。」

「ン?良いじゃん。スキンシップ。」

「教育委員会に言いましょうか?パワハラでーすって。」

「それは勘弁。じゃあ、これ。」

と直哉の手にカフェオレを渡した。そして

……ンンッ……

直哉の耳元で唇を「チュッ」と鳴らし

「愛情。皆の分、買ってきたから遠慮無く飲め。」

一ノ瀬は、ククッとイタズラっぽく笑い自席に戻って言った。

直哉は、呆然とその姿を見ていた。