【海Side】


 5歳の頃、俺の隣りの家にはそれはそれは可愛い女の子が住んでいた。


 俺のことを『海ちゃん』と呼び、笑顔で駆け寄ってくる姿は今でもはっきり思い出せる。


 亜希っていう名前から、俺はその子を『あーちゃん』と呼んでいた。


 幼いながらの独占欲っていうやつで、俺だけが呼ぶ、特別なあだ名がほしかったから。

 
 ……そう、俺はその子のことが、ずっと好きだった。


 両親の仕事の都合で日本を離れることになって、その子とひとつの約束をした。


 10年以上経った今でも俺はその約束を覚えているけど、その子はそんなこと、とっくに忘れてしまっているだろう。


 だって、今。


 彼女には大切で大好きな恋人がいるんだから……。


「みーくん! ぼーっとしてどうしたの? 今日は一緒に帰ろうって約束してたのに、忘れちゃってた?」


 窓辺から夕日が差し込む、放課後の教室。


 そう言って、俺が肘をついている机からひょっこりと顔をのぞかせた女の子。


 ……うん、少しびっくりした。


 だけど、平静を装う。


 俺の顔を覗き込んで、上目遣いでじっと見つめてくる癖、5歳の頃から変わってない。


 心配そうに言う目の前のこの女の子は、俺が5歳の時から変わらず好きな宮下亜希。


 俺の中でたったひとり、守ってあげたいと思える女の子。