ネット密かに騒がれている“殺戮人形”の噂
憎い人を殺してくれるとかなんとか
・・・憎い人か・・・

「馬鹿馬鹿しい・・・」

依頼人:副谷 礼子

私は生まれなければよかったんだ・・・
そう思うようになったのは母が私に暴力を振るうようになった
小学5年の頃からだった・・・
両親はもともと共働きで父は出張が多く家にいることがなかった
父の顔もろくに思い出せないほど記憶から消えていた
そして母の働いていた事業が大破産し
とうとう母は酒に溺れるようになった

父の支えがあったものの
私が高校入った時両親は離婚
父は影から私のために時々お金を振り込んでくれていたが
それも全て母の酒代に変わっていった・・・。
そして私は今。母と自分のために
夜の街で男どもの欲望と引き換えに金をせびる
ただの犬になった・・・。

「はぁっ・・・こんな姿家族に見せられないねッ」

人の気配がない路地裏で
上下する動きにただ演技するだけで喜ぶ肉塊へ
私は哀れな感情しか産まなくなっていた。

「今日も良かったよ礼子ちゃん♪」

欲を吐き出すと父と同じくらいの男は乱れた制服に札束を押し込め
そそくさと路地裏をあとにした。
これだから…ね。

別に誰に憎しみを抱いてるわけじゃない
たまたま流れてきた噂話に少し心が踊っただけ・・・。

「本当にそうかなー?」

制服を整えていると目の前のドラム缶に真っ赤なカラスが止まり
私に話しかけた。

「っ・・・?」

あまりの出来事に私は呆然とカラスを見つめた
そのカラスはすべてを見透かしたように私を見ていた

「・・・あんたが殺戮人形?」

震えた声で問うとカラスが笑い出した

「違うって!俺はグリム。あんたの憎い人、消してやれるよ?」

「誰が消してくれるの・・・?」

カラスはいきなり飛び立ち私を導くように首を振った

「ま、まって!」

そのまま見送ればいいのに
何故か追いかけていた

しばらく街を駆けると寂れた路地裏
小さなビルにたどり着いた
紅いカラスがそのビル4階の窓に入っていくのを見た
導かれるままビルの扉をくぐり
エレベーターで4階へ
何故かわからないけど私の中に煮え滾る
17年間の憎しみが心地よく蘇ってくるのだ
一歩一歩
目の前にある小さな看板に向かう度
呼吸をする度
瞬きする度
あの頃の憎しみが……

《ようこそ。断罪探偵事務所へ》

ネットで噂されていた
紅い髪の少女が二人私が来るのを待っていたように
そこに立っていた

「あ…あの」

「いらっしゃい!副谷礼子さん!座って座って♪」

なぜ、私の名前を知ってるのか。
そんな小さなことはどうでも良かった
白い事務所に黒いソファ
木で出来た椅子に
白いテーブル。
絵の具とパレット。
そしてその一番奥が簡易的な仕切りで囲われている

「え…と…」

「初めまして!あたしはルビー。こっちがガーネットよ」

髪の右側に紫のリボンを付けた少女が自らをルビーと名乗り
髪の左側に黒のリボンを付けた少女をガーネットと紹介した

ガーネットは軽くお辞儀すると落ち着いた色で塗られたティーカップに注がれた薄黄緑色のお茶を差し出すとルビーの隣に座った

「心が休まるお茶よ!心配しないでハーブでできたお砂糖しか入ってないから」

テーブルに置かれた手作りのクッキーを頬張りながらルビーは微笑んだ
恐る恐るティーカップを口に運ぶと優しい甘さが広がり仄かにベルガモットとカモミールの香りがした
その甘味と心が休まる香りに一口、二口と進んだ
一息つくと今まで張り詰めていた糸がぶつりと音を立て切れた感じがした

「……っ」

陶器の様に冷たいルビーの手が私の頬を撫で
伝い落ちる涙を拭った

「わた、し…中学…2年の…頃に」

情けない嗚咽と言葉を吐きながら
憎しみを語り出した

母の事業が失敗した後
内縁の夫ができて
毎晩のように乱暴され、体を汚し尽くされたこと
誰も愛せない心にされたこと
実の父にも相談できず一人母の酒代のために体を売る日々

「…あなたの羊は…〝後藤 英慈〟さんですね?」
「あー、〝羊〟って礼子さんが心から憎んでる人だよーっ」

ガーネットがそっと私の手を握り冷たく燃える瞳で見つめてくる
説明を聞くまででもない…〝羊〟はアイツだ
母を狂わせて、優しかった父と別れさせ
事業を失敗させ…私を…。
手が震えだした
何かに怯えるように
体中を冷えた汗が駆け巡る…
あの時の記憶は例えどんなことがあっても
忘れられない
どんな男に抱かれても消えることのない傷…
憎い…憎い…っ。

「礼子さん!落ち着いて!」

ルビーの言葉が耳を通り過ぎた
燃える憎しみを抑えることができなかった
今からでもあいつの所に行ってこの手で…

「待ちなさい。」

少し高めな男の声がした

ふと、視線を上げると男の人が私の前にあるソファに浅く腰掛けていた

「マスター、礼子さんの憎しみ…感じるよね?」

さっきまで明るかったルビーの瞳が
強く暗く…燃ゆる紅い炎のようだった

「はじめまして、断罪探偵事務所所長、柳澤です。」

黒髪に濃い灰色のスーツ。紅のネクタイを締めた男性が微笑み名乗った

「クリム、君ならそいつの調査5分で出来るよね?」

宿り木に止まり紅の羽根を整えてるクリムに言うと驚いたのか宿り木から滑り落ちた

「ダンナ!!せめて10分でお願いしますよぉおお!」

その場に伏せながらクリムは叫んだ
柳澤と名乗った男は笑いながらクリムに近付きそっと持ち上げる

「君の収集能力はほんと素晴らしいよ!僕だってあんなに沢山の情報は手に入らないし何より信憑性がある
君にしか出来ないんだよなぁー」

「そ、そうかなー…そうっすよね!」

クリムをあからさまにおだてたのにも関わらず上機嫌で窓から踊るように飛び立った

「…羊の調査はクリムに任せてっと…」

「あ、あ、あの…」

ガーネットが煎れたお茶を飲み一息つく彼にあたしは恐る恐る声をかける

「ん?どうしました?」

言葉が見つからず籠もってしまった
何故羊を殺してるのか
殺された人はどうなるのか…ほんとにお金は取られないのか…
聞きたいことが山ほどある
なのに…なのに…

「あのねあのね?あたし達はある人を探してるの!」

「ある人…?」

ルビーが私の心を詠んだように話しかけてくれた
ある人…どういうことなのか…

「ルビー…それは企業秘密だぞ」

柳澤さんは人差し指を立て自らの唇に軽く押し当てた
人を探してる…?