夕日があと数センチしかない。東側からじわじわと迫りくる紫色を、私は砂浜から見ていた。


海が近いだろうということにはなんとなく気付いていた。海に近い町はいつも同じ匂いがする。僅かに潮の香を含んだ分だけふわりと浮かぶ空気の軽さ。露天風呂からその匂いがしていたから、私は浴衣を着替えて何も持たずぶらぶらと歩いてそうして海を見つけた。

海は白というよりもはや灰色でお世辞にも綺麗とは言えないけれど、圧倒的だった。圧倒的な存在というのはどうしてこうも颯爽と在るのだろう。


本当は気付いている。あの人を忘れられない理由は、あの人が母に似ているからだ。

押し付けがましい正義感にわかったような顔で自然のサイクルだ人間の罪だ罰だを語り私を支配しようとした、あの人。

「咏」

名前を呼ばれる度に背筋の凍る思いをしながら、それでもたまに見せる笑顔で全てを許してしまう毎日。

暴力をふるわれているなら分かりやすかった。目に見える明らかなカタチがあれば、迷わず捨てられたのに。