「5000部もいかなかったんですか……」


思わず呟くと、テーブルを挟んだ向こう側にいる佐伯さんが苦笑した。私の担当編集者だ。この人のこんな顔を、私は何度見てきただろう。


「まぁ、今は特に小説が売れない時代ですからね。そう気を落とさないで下さい」


いや。私が何度、こんな顔をさせてしまったのだろう。


「すみません」

「謝ることではないです」


座ったまま頭を下げると、佐伯さんはイスの背凭れに背中を深く預けスーっと鼻から息を吐いた。本当なら盛大なため息を吐きたかったのを、私がいるから堪えたのだろう。


太股に置いていた手で拳を握った。買ったばかりのスカートに皺が寄ったのに気付いたけど、どうでもよかった。

悔しくて、情けなくて。握った手が震え出す。

テーブルの下だから佐伯さんには見えないだろうけど、もし見えたとしても、この人は何も言わないだろう。


高橋岬。本名、高橋八重(たかはしやえ)。


売れない小説家ほど、肩身の狭いものはなかった。