「川口は自分で弁当を作っているのか」

 ある日の昼休み、会長さんが私の弁当箱を覗き込みながら言った。

「はい。一人暮らししてて」

「そうか」

 会長さんの視線が卵焼きに向いている。これはもしや。

「会長さん。卵焼き、食べますか?」

 訊くと会長さんは驚く。

「美味しくできたと思うんですけど」

 会長さんがゴクンと唾を飲み込む。

「いいのか?」

「いいですよ。はい、どーぞ」

「か、川口。これは」

 珍しく会長さんが慌てている。

「会長さん。口を開けてください」

 恥ずかしいのかな。でもこれが一番手っ取り早いし。

「はい、あーん」

 会長さんはしばらく逡巡した後、ぱくっと卵焼きを食べた。

「どうですか?」

「美味い。懐かしい味がする」

「良かったです。もっと食べます?」

「いや、後は川口が食べろ」

「そうですか。じゃ」

 卵焼きを食べ、微笑む。美味しいなあ。

 会長さんの目が泳いでいる。

「今日の会長さんは可愛いですね」

「ぶほっ」

 会長さんは飲んでいたお茶を噴き出した。 

「大丈夫ですかっ」

「ああ。川口の言動は心臓に悪い」

「ご、ごめんなさいっ」

 会長さんの心臓がっ。

「おい。何泣いてるんだ」

 え?

「あれ。私なんで」

 涙が止まらない。

「会長さんの心臓、私のせいでぇ」

「俺は大丈夫だ。だから、泣くな」

 会長さんが頭を撫でてくれる。

「お前は何に怯えてる?」

 会長さんの呟きは聞こえなかった。

「あれ。円と会長。って、何で円泣いてるんですかっ」

 麻美と紫苑がこちらに歩いてくる。

「円、どうした?」

 麻美が私の顔を覗き込む。

「うぅ。ごめ、なさい。ごめん、なさいっ」

「おい川口。ゆっくり息をしろ」

 あ。また過呼吸だ。

 なんか意識が……。

 遠のく意識の中、会長さんの声がやけに響いた。

「お前が知りたい、円」