「どうぞよろしくお願いします。」


結局、私は、その花屋さんで働くことになった。
最初は接客だけで良いからと言われた時、私にはその意味がまだピンと来ていなかった。
花屋さんで花を売る以外に、どんな仕事があるんだろう?と、当時の私はそのくらいのんびりしていた。



まず、私はごく有名な…誰でもが知ってるものくらいしか、花の名前を知らなかった。
花屋で働いていてこれではいけないと気付き、お店にあった花の図鑑を見ながら花の名前とちょっとした特徴を覚え込んだ。
花の扱い方や包み方も一から教わった。
アレンジなんて、とても出来ない。
ただ、お買い上げいただいた花を包むだけでもとても苦労した。
もしかして、とんでもない所に就職してしまったかも…と思いながらも、ひさしぶりの勉強も、出来なかったことがひとつずつ出来るようになることも、いつしか私の喜びとなった。







「あんた、最近、香水を変えたのかい?」

「え…?私、香水なんて付けてないけど……」

「そうかい?でも、なんだか良いかおりがしてるよ。」

「良い香りって……あ……」



私はその時、ようやく気付いた。
いつも花に囲まれてるから、その香りが染み込んでるんだって。



「母さん……黙っててごめん。
実はね、私、会社辞めたの。
それで、今、お花屋さんで働いててね……」

「辞めたって、どうしたんだい?
なにかあったのかい?」

「たいしたことじゃないんだけど……
どうしても気が合わない人がいてね……」

「……そうだったのかい。」

母は、それ以上のことは聞かなかった。
私が昔から気が弱いことは知っているから、きっと人間関係で行き詰まったんだと思ってくれてるんだろう。



転職したことをいつ話そうかと悩んでたから、花の香りがきっかけになってくれたのは好都合だった。