これはある家族が経験したあり得ない恐怖体験の話。

 
 一家は父親と母親、そして三つ違いの十七歳の姉と十四歳の弟という構成になっているのだが、姉弟はいつもケンカばかりしていて、素っ気ない母親は子供達のそうした不仲に無関心、父親だけは何とかそんな家族の仲を取り持つ努力をしてきた。

 よって今回も、父親のアイデアで少しでも家族三人の仲が良くなったらいいと、こうして夏休みを利用して貸し別荘にやってきたのだ。

 料金は思っていた以上に、非常に安かった。その安さを疑うことはしなかった。

 生い茂る草木の間をせいぜい通れそうな一本道で、車を揺らしながら目的のログハウスに到着する。
 外見的には一見年季を感じさせる造りだったが、中はつい最近手入れされたらしく綺麗で素敵な室内だった。
 周囲は森と海に囲まれていて、このログハウス以外に何もない。
 時々鳥の囀りが響き渡り、他には海鳴りがするくらいで静寂が漂っている。
 
 水も引いてある。電気も通っている。ガスも点いている。これだけ三拍子が揃った山中の孤立した貸し別荘はそうはない。
 父親は我ながら最高の物件を見つけてこれたことに鼻を高くしていた。
 しかし当人以外の三人は、心底白けているようだった。
 早く帰りたい。
 それが母親と娘、息子の望みでもあったが、一度何をするのか決定してしまうと何が何でもそれを実行しなければ、今度は普段は温厚な父親の逆鱗に触れてしまうので、それを避ける為に三人は約一週間、付き合わされる羽目になった。

 その日の夕食であるバーベキューを終えて、娘は早々に母親が張った湯船に浸かるべく脱衣所で全裸になると、浴槽に覆い被せてある蓋を開けた。
 すると人の頭のような影が見える。
 頭部の上半分が浴槽の真ん中にポッコリと浮き、鼻の付け根から下は沈んでいる。
 
 それは女の人だった。
  
 長い髪が海藻のように揺れて広がり、浮力でふわりと持ち上げられた白く細い両腕が、黒髪の間から見え隠れしている。

 突然の出来事に、娘は蓋を手にしたまま全裸で立ちつくしていた。
 女の人は呆然とする娘に気付いたらしく、目だけを動かして彼女を見据えるとニタッと嗤った口元がお湯の中、真っ赤に開いた。
 咄嗟に娘は蓋をすると脱いだばかりの衣類を再び身に付け、キッチンにいる母親の元へと駆け込んだ。