「よかった」


彼女は心底ほっとしたように言って、身軽にコンクリートの上へ体を持ち上げた。

俺の隣に座る。
当然ながら、下半身が露わになった。


「これ」


尾ひれがひらりとはためいた。


「普通なら、ばれちゃいけないの」

「あ、そうなんだ。まずかった?」

「ううん――ここ、ひとに見られないかな」

「たぶん、岩に遮られてるから大丈夫。あっちに民家はないし」


俺が指した方向を確かめ、辺りをきょろきょろと見回した彼女は、大丈夫だという決断を下したらしかった。


「普通なら、だめなんだけどね。わたし、協力してくれるひとを探していたの。もちろん、心配だったのもあったけど――」


俯き気味で彼女は微笑んだ。
俺は少し気恥ずかしくなり、彼女から視線を逸らした。

気まずい、というわけではない沈黙の中で俺たちは隣合わせに座っていた。


少しして、俺たちの間の足元から、小さなカニが1匹登って来た。
横歩きで波止場をゆっくり横切って行く。

彼女もそれに気づいて、くすりと笑った。



こうして静かに、そして誰かと一緒に、ひたすら海を感じている。
こんな空間にいることは初めてかもしれない。


潮風が素肌を滑っていく中で、鳥は優雅に飛び交い、波は岩に砕け、空と海は何物にも遮られず目の前に広がる。


その場にいられることに感謝できる瞬間なんて、そうあるものではない。