【第七章】
~立ち向かう日常~




「いてっ! いてててて!」
「じっとしてろ。消毒出来ないだろ」


 真夜中近く。
 今回祠から出て来た魔物は、幸いな事にすぐに片付いた。
 それでも、膝小僧や肘を何ヶ所か擦りむいてしまって。
 松の湯の二階の居間で、久遠くんが手当てしてくれている。
 シゲさんと幹久は、かろうじて軽傷で帰ってきたあたしを確認してから、それぞれの家に帰って行った。


「でっ・・・でもさぁ、良かったよね、今回雑魚で」
「雑魚ったって、あれだけ強い力を持ってるんだ。毎回あんなのと戦ってたのか?」


 うーん・・・一回、身体ごと投げ飛ばされたからなぁ。
 それに、久遠くんが一緒にいると思ったから、早目に片付けようと、もう必死で。


「はい、終わり」
「ありがと」


 テーブルの上には、アジの刺し身・・・と、タタキ。


「シチュー、作り損ねたな。もし食いたかったら作るよ」


 救急箱を片付けながら、久遠くんは言った。


「いいよ、今からなんて面倒でしょ。刺し身食べよ」
「全然面倒じゃない」


 そりゃそうでしょうけどねぇ。
 あ、そう言えば。


「ねぇ、久遠くんって、アジさばける?」
「あぁ、もちろん」


 ・・・やっぱりねぇ。
 当然の如く頷かれると、魚をさばけないあたしの話題には触れて欲しくないなぁ。


「久遠くんってさ、料理人だったの?」
「あぁ。高校を卒業してすぐに、住み込みで旅館の板前やってたんだよ」
「へぇ・・・」
「山奥の秘湯の旅館でね。人里に出るまで、旅館から30分歩いて更に車で30分かかる」


 うっわ~・・・すっごい山奥だったんだ。
 って・・・それって、もしかして。


「そんな山奥だから、衝動が出た時には誰もいない場所に行けた。俺には、都合のいい職場だったよ」


 だよね。
 でも、勿体ないなぁ・・・こんなイケメンが、人里離れた山奥に篭ってるなんてね。
 そう思いながら見ると、ご飯をよそってくれる久遠くんの横顔は、何処か悲しそうだった。


「でも・・・七年目で、辞めた。つうか、クビになったんだ」
「どうして?」
「俺が、その旅館の娘さんを傷付けたから」


 複雑な表情。
 それだけで、久遠くんとその旅館の娘さんっていう人が、ただの知り合いとか・・・そんな関係じゃなかったって思えた。


「その娘さんって・・・」
「付き合ってたよ」


 さらっと言われたその言葉に、少しだけ胸がチクリと痛んだ。