会社近くのコーヒーショップ。

 窓際の席から往来を眺めていたら、ちょうど前を通りかかったサラリーマンと目が合った。
 ノータイのクールビズシャツに、社名ロゴの入った夏用のジャンパー。

 フレッシュな笑顔を浮かべ、ガラス越しに私に手を振った遠藤くんは、店内に入ってきた。何故に?


「お疲れ様です、小西さん。早いですね」

 片手に持ったコーヒーをテーブルに置き、営業バッグを椅子の横に置くと、遠藤君は向かいに腰掛けた。

「お疲れ様。会社戻るところ、だよね?」

「はい。でも帰社予定より早いんで。ちょっと休憩して行きます」

 さらっと堂々、サボリ宣言。
 相変わらず遠藤くんは強い。

「遠藤君、せっかくもうちょっとで営業トップなのに。頑張らないの、もったいないよ」

 入社三ヶ月にして、要領のいい遠藤君の成績はいい。
 だけどトップに及ばないのは、こうしてサボっているからだろう。

「そうですか? 僕、出世欲とか全然ないんで。報酬に見合った分働けば、それ以上を望むか望まないかは個人の自由だと思ってるんですよね。生意気言いますけど。がむしゃらに働いて、組織中のアイデンティティーしか確立できなくて、定年になって会社追い出されたら何もないっていう人生、想像しただけで悲しいです」

 淡々とそう答え、遠藤くんは私を見た。

「女性も嫌じゃないですか? 仕事仕事で、家庭を省みない旦那さんって。僕、結婚願望はあるんですけど。結婚したら、できるだけ奥さんと一緒に過ごしたいし、旅行もあちこち行きたいし。もし子供が生まれたら、育児も一緒にしたいし」