「じゃあ、もう一回寝ます」

「いー加減にしなさい」


 爆笑の渦を生み、舞台の袖に引けるお笑いコンビ。

 テレビでお馴染みの光景が、こんなにも身につまされるものになるとは思いもしなかった。
 透琉くんの彼女になるまでは。

 辻透琉(つじとおる)、若手お笑いコンビ「とーぐん」のボケ担当。

 幼馴染みの尾崎群司(おざきぐんじ)と「お笑いで天下統一」目指して、コンビ結成して二年半。

 透琉くんの偏った妄想で展開していくボケと、それをあしらうぐんちゃんの仕切りの良さが絶妙で、テンポのいい漫才を売りにしている。


「コントじゃないの、漫才。俺らは漫才で認められたいの。マイク一本を前にしてさ、喋り一つで勝負したいんだよ、分かる?」

 うちにやって来ては、缶ビール一本で酔っ払って、ぐちぐちと「お笑い理想論」を語る。
 舞台でウケなかったときや、過酷な地方営業から戻った日には特にしつこい。

 そんな、いかにも「売れない若手お笑いコンビ」だったとーぐんの人気がぐんぐん伸びてきたのはここ半年だ。

 深夜枠のテレビ番組への出演を皮切りに、ゴールデン枠にもゲストで呼ばれたり、ティーンズ向けの雑誌で特集されたり。この春には、人気バラエティ番組の準レギュラーが決まった。
 まさに快進撃を続けている。

 あっという間に「お茶の間の人」になってしまった透琉くんを自宅で眺め、最初の頃のように喜べない自分がいる。
 多忙になった透琉くんと会える時間は激減。
 それならそれで連絡くらいほしいのに、それも全然マメじゃない。