いちごオレ。
甘い響きの通り、この学園内にある自販機で真っ先に売り切れる、魅惑の飲み物。
昼休みまで売れ残っているのは、クラス棟から一番離れた自販機だけ。
コアなファン以外は殆ど人が来ない、孤立したその場所は、私の大好きな場所。
…なのに、なんで。
「…どうしよう」
自販機に寄りかかって腕を組んで、目は閉じてるけど絶対起きてる。
冬城蘭。
女の子っぽい名前に似つかず、学園内で一番カッコいいって評判。
だらしなく開いた胸元に緩んだネクタイ、染められて茶色くなった髪は無造作に見えてキチンと計算し尽くされていて。
眉目秀麗、容姿端麗だけでなく、才色兼備。
スポーツだって勉強だって何でも出来ちゃう。
そんな姿を一目みようと他校の女子が校門で待ち伏せする位に有名人の彼が、なんで。
私、成瀬水菜は、自慢じゃないけど、人と話すのがニガテ。
俗世間的には、コミュ障ってやつ。
そんな私が、よりによってあんな有名人に話しかけるなんてできないし、無視するのも気が引けるというか、近付くのも悪い気がする。
…どうしよう。
いちごオレ、ここにしかないのに。
「…はやく、どこか行ってくれないかな」
独白。
それぐらいに小さい声、だったハズなのに。
「…お前、何やってんだ?覗き?」
「いやっ、あの、か、買いに…」
そよいだ風に乗ったのか、ものすごく耳が良いのか、不幸にも声が届いてしまった。
不幸中の幸い、内容までは分からなかったみたい。
みんなあの瞳に見つめられたい、声をかけてもらいたいと思ってる、よね。
いいのかな、私。
「ふうん?早く買えば?」
「す、すみません…」
「いや、別に謝らなくていいけど」
そおっと近づいて、ドキマギしながらいちごオレのボタンを震える指で押す。
…さっきから、視線を感じるのは絶対気の所為じゃない。
なんで、見るの。
妙に意識するとダメなのは解ってるのに、考えずにはいられない。
ガコンっという音を確認して、念願のいちごオレを手に取る。
今度からは誰もいない時に来よう、と硬く決心をして。
「ねえあんた、名前は?」
緩んだ頬が、引き攣る。
なんで、話しかけてくるの。
早くここから離れたい。
冬城くんはジッとこっちを見つめていて、さっきの緩みきった顔も見られてたと思うと、顔から火が出そうだった。
視線に耐えられなくて下を向くのは、きっと私だけじゃないハズ。
あの視線を真っ向から受けるなんてできない。
「成瀬、水菜です。それじゃ」
早く切り上げたくて、名前だけ言うと逃げた。
…正確に言うと、逃げようとした。
なんで、引き止めるの。
掴まれた右手はいちごオレを持っていない方の手で、宙ぶらりんに浮く。
「…何で逃げる?俺はまだ帰って良いなんて言ってないけど」
冬城くんの左手は、グッと力が入って私の腕を握り潰しそう。
鋭い眼光に見下ろされて、萎縮しないワケがない。
……こわい、どうしよう。
太陽を背にした冬城くんは、観音様みたいに光が背景になっている。
その分、私は太陽を遮られて、灰色の影に呑まれる。
その影はどんどん濃く、大きくなっていって。
「っ……………!?」
なんで、キスをするの。
視界いっぱいに冬城くん。
触れ合う唇は熱を帯びて、カアっと熱くなる頬と酸素を求める脳と、震える足が、どうしても、言うことを聞いてくれない。
「………んぅ」
腰が抜けた。
言うことを聞かない足は、立つことを断固拒否する。
離れた唇は空気に掠め取られ、冷たく感じる。
しゃがんで顔を覗き込む冬城くんは、悪びれもせずに、ただ、こう言った。
「わりィ。ま、別にいいだろ」