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あの日、母は、幼い私を『東京湾wonderland』に連れて行ってくれた。
私の記憶違いじゃなければ、夕方から夜にかけてだったはず。

「パレードがすごく楽しいんだよ?朝香も楽しみにしててね?」

母は電車の中でそう言っていたと思う。
寒かったのを覚えてるから、多分、秋の終わりか冬の始めの頃 。
プリンセス城の塔には、キラキラしたイルミネーションが輝いていて、まだ子供だった私は、いつか王子様が迎えにきてくれるはずだ!と、信じて疑ってなかった。

紺色に染まる空には、金色に光る綺麗な三日月が出てた。
ライトアップされたプリンセス城を背中にして、幼かった私と、そしてまだ若かった母は、ワクワクしながらパレードを待っていた。

プリンセス城の大きな時計が、ゴーンと鐘を鳴らすと、遠くからパレードの音が聞こえてくる。

その時、急に母は、ぎゅーっと私の手を握りしめた。
私は、ハッとして母の顔を見上げる。

母は、パレードを待つ人だかりの合間を見つめながら、驚いたような、だけど物凄く嬉しそうな、それでいて切ないような、そんな複雑な表情をした後、目に一杯涙を浮かべた。

「おかあさん?」

私は、母を呼んだ後で、その視線の先を見た。
すると、人だかりを掻き分けるようにして、背の高い男の人が一人、こちらへ向かって歩いてくるのが見えたのだ。
もちろん、父ではない。
父よりも、そして母よりも、明らかに年下と判る若い男の人だった。
服装は忘れたけど、その人は、自分の顔を隠すように深くキャップをかぶっていたのを覚えてる。
とたん、私の手を握りしめたまま、母が、ポロポロと涙をこぼし始める。

「おかあさん?どうしたの?何で泣いてるの?お腹痛いの?」

私がそう問いかけると、母は、首を横に振りながら、空いてるほうの手で懸命に頬にこぼれ落ちる涙をぬぐっていたのだ。

背の高いあの男の人の姿が、どんどん近づいてくる。 
キャップから零れる黒い長髪は、ゆるい癖毛。
つばの下から覗くのは、切れ長で奥二重のどこか神秘的で、そして少年のように真っ直ぐな瞳。
ちょっと彫りが深くて、端正で綺麗で、凛々しいその顔立ち。


王子様だ・・・・・!


幼い私は、その人を見て、確かにそう思ったはずだった。
その青年(ひと)は、まっすぐに母の前に歩いてきて、にっこりと笑う。

「清美さん・・・久しぶり」


母は、ぷるぷると体を震わせて、何かを言おうと口を開きかけた。

「本当に・・・来て・・・・く・・・」

その綺麗な男の人は、もう一度にっこりと笑って、長い指先を伸ばすとふわっと私の両目を覆い隠した。
長くて、少しひんやりとした指。

このおにーさん・・
なんだかいい匂いがする・・・・

私は、そっと彼の指の隙間から、母を見上げる。
静かに腕を伸ばしたその青年(ひと)は、泣き止まない母の肩を優しく抱き寄せて、ぎゅっとハグした。

「か・・い・・・・・君」

震える声で、母はその人の名前を呼んだけど、私にはよく聞き取れなかった。




あれ?
ちょっと待って。
この男の人・・・・
もしかして、柿坂くんに似てる?