私は今、せっかくの土曜日の
昼に後ろを振り向かずに
ひたすら走っていた。

外に出るんじゃなかった……

理由は元彼。

一年前に別れたのに
ストーカーとなり
何処から情報を得ているのか
私を見つけると
追い掛けてくる……

幸いなのは、学校が違うことだろう。

前だけを見ていた私は
曲がり角で
人にぶつかってしまった。

『大丈夫か?』

この声は……

『先生、助けて❢❢』

ギュッと
服の端を掴んで懇願した。

「目立つから
移動するぞ」と言って
連れて来られたのは
休日の学校だった。

『私、私服だけどいいの?』

土曜日とはいえ、
在校生が私服で
学校に入っていいのかなぁ。

『気にしないで着いてこい』

着いた先は、理科準備室。

私にとってはあまり
いい思い入れのない場所だ。

『ほら、飲め』

いつの間に淹れていたのか
紅茶置き、
先生はコーヒーを片手に
私の向かい側に座った。

『ありがとう』

この香りはダージリンかな?

『落ち着いたところで糸納、
お前なんであんな俺にも
気付かない程焦って走ってたんだ?』

先生になら、
話してもいいかな………

『元彼から逃げてた』

俯いてカップを握ったまま呟き
そのまま話し出した。

『一年前、中学時代の友達に
紹介されて付き合ってた彼氏が
いたんだけど二人共趣味が合わず
おまけに浮気現場に遭遇しちゃってね、
別れたんだけど向こうはしつっこくて
平日はあっちも学校があるから
少し安心出来るけど、今日みたいに
休日に外に出て見つかると
さっきみたいな事態になるんだ』

話し終えて、紅茶を一口飲んだ。

美味しい。

『事情は判った。

そこでだ、一つ提案がある』

何だろう?

『俺の恋人になれ』

えっ……

『ちょっと何言い出すの!?

それに、私の恋人だなんて
バレたら先生にも
絶対に被害が行くよ……』

『心配すんな。

ついでに一緒に暮らすか』

今日の先生は可笑しい……

『先生、
今日はどうしちゃったの?』

"恋人になれ"は
私に新しい彼氏が居ると
判れば信晶も諦めると
考えたんだろうけど、
"一緒に暮らすか"は
意味がわからない……

『お前、今
一人暮らしなんだろう』

確かに、お母さんが
出て行って五年間
行方知れず、
父親は二ヶ月前に生まれた
義弟にベッタリで
結果、愛人の家に住んでるから
私はあの家で一人暮らし状態だ。

『まぁ、実質そうだね』

間違ってはいない。

『なら、いいじゃねえか』

コーヒーを一口啜りながらニヤリと笑った。

『付き合ってくれるのは
嬉しいし助かるけど
一緒住んだら色々まずくない?』

学校にバレるのが一番ヤバい。

『お前は顔に出やすいな』

鏡がないからわからないけど
しかめっつらでもしているのだと思う。

『心配すんな、俺ん家は
此処から結構遠いんだ』

電車賃は、
まぁどうにかなるかな。

あの馬鹿親父は毎月私の通帳に
お金を入れるから
金欠になることはない。

『分かった、先生が
いいなら一緒に暮らすよ』

あの家に居ても、
馬鹿親父は帰って来ない。

『そうだ、
家では先生って呼ぶなよ』

じゃぁ、なんて呼ぶかな……

舷さん? しっくりこない。

舷君? いや恋人だけど友達じゃないし。

舷ちゃん? 可愛い過ぎるか。

舷? まあまあ無難かな?

よし、決まり。

『舷』

呼んでみた。

『なに? 椛』

サラッと椛って呼んだ……

『仕事何時まで?』

土曜日なのに
学校に来たってことは
休日出勤なんだよね?

『夕方五時まで』

「めんどくせぇ」
と言いながら伸びをした。

案外長いね。

『体育館、お前も来るか?』