夏休みになり、
特に用事もない私は
舷に教わりながら
宿題を少しずつやっていた。

そして、
夏休みも中盤に
差し掛かった八月半ば、
なんとか休みが
取れた舷と二人で
三県隣の海に来た。

一泊二日の旅行。

二人で遠出するのは
今回で二回目だなぁと
思いながら内心ワクワクしていた。

そう、宿に着くまでは……

まさか、こんな所で
会うなんて
予想もしていなかった。

「椛?」

そこに居たのは
五年前に家を出て行った
母親その人だった。

会いたいと思っていた反面
会いたくないという思いもあった。

隣には優しそうな男性と
その腕に三歳くらいの
女の子が抱かれていた。

あまりの展開についていけず、
硬直してる私を再度(ふたたび)
動かしたのは舷の声だった。

『椛』

同じように名前を
呼ばれただけなのに
何故こうも、響きが違うのだろう?

母さんに呼ばれた時は
否応なしに硬直した。

だけど、舷に呼ばれたら
ホッとした気持ちになった。

『舷』

ギュッと抱き着い私を
抱きしめ返してくれた。

『あの女性(ひと)知り合いか?』

母さんを見て問われ、
答えに困ったものの
正直に言うことにした。

『母』

何の感情も込めずに答えた。

『そうか、部屋に行くぞ』

私の手を掴んで
階段を登り、二階へ向かった。

夜、当然ながら
温泉でばったり
母さんに会ってしまった。

「あら、よく会うわね」

この人は
五年前のことなど
忘れているのだろうか?

『そうですね』

母親であって母親じゃない。

木の椅子に座り、頭から洗い、
身体を洗ってお湯に浸かった。

私が出る頃に
あの人も出るところだった。

『何時、結婚したんですか?』

何となく、本当に何となく
気まぐれで訊(き)いてみた。

「三年前よ」

私が高校生になった頃か。

『娘さん、
旦那さん似なんですね』

ちらっとしか
見えなかったけど
この人には似てなかった。

「そうね、夫に似ているわ。

あと、敬語やめない?

一応、親子なんだし」

大人って本当に身勝手だ。

『いえ、貴女の旦那さんに
私のことを
話しないようなので
万が一を考えてです』

この会話が
親子の会話だとは
端から聞いてたら
わからないだろう。

尤も、此処には
母さんと私の二人しかいないが。

「あの人は今どおしてるの?」

親父のことか……

『あの時の浮気相手と
息子と一緒に暮らしてますよ』

うちの両親は結局
似た者同士なんだよな。

「じゃぁ、
椛はあの家に
一人で暮らしてるの?」

『いえ、
あの家は無人ですよ。

私がたまに
掃除しに行ったり
物取りに行ったりするくらいで』

まさか、親父まで
あの家を出て行くとは
思ってなかったのかもしれない。

「じゃぁ、今は
何処で暮らしているの?」

へぇ~

一応心配はするんだ。

『さっき一緒に居た
男性(ひと)覚えてますか?

彼氏なんですけど、
今はあの男性(ひと)と暮らしてます』

通ってる高校の教師だって
言ったら驚くだろうか?

しかも、担任。

「そう、
椛にもいい人が出来たのね」

元彼は別れた途端に
ストーカーになったけどね。

『彼、私の担任なんですよ』

着替えなんて
とっくに終わってるのに
近くの椅子に
並んで座って
母さんに色々話している。

「じゃぁ、
学校にバレないように
気をつけなきゃね。

もうすぐ、卒業でしょう?」

驚くか別れろって
言われるかと思ったのに
意外とあっさり認めるんだ。

『反対しないんですか?』

「あら、女の子だもの、
十八歳なんだから
好きな人くらい居て当たり前じゃない」

『親父は
最初猛反対してましたよ』

呆れ顔で言うと
母さんはため息をついた。

『しまいには、
拉致紛いなこともされました』

母さんはもう一度
ため息をついて叫んだ。

「あのバカ❢❢

ほったらかしにしてるなら
口挟む資格ないでしょうに」

母さんのいう通りだ。

自分はあの女と子供までつくって
ほったらかしのくせに
私に恋人ができたら反対?

ふざけんなってんだ❢❢

『脅したら、
解放してくれましたけどね』

クスッと笑った。

「あの人が
引き下がるなんて椛、何言ったの?」

元とはいえ
夫婦だったからか
親父の性格も
把握してるのかもしれない。

『たいしたことじゃないですよ(笑)

あの女を精神的に
傷付けられたくなきゃ
彼の所に帰せろと言ったんです』

そう、それだけ。

「あなた歪んだわね……

私たちのせいね。

ごめんなさい」

今の今までとは違い、
沈んだ声で謝った。

私は今更、
二人が悪いなんて言わない。

だって、
もう子供じゃないんだから。

此処で初めて敬語から普通に戻した。

『母さん、
今更、気にしてない』

その言葉に驚いたのか、
私の顔を覗き込んだ。

「本当に?」

確認されて頷いた。

『私は今、彼のおかげで
とっても幸福なんだ』

ニコッと笑うと母さんが
安心した顔になった。

「ねぇ椛、
夕飯を皆で食べない?

勿論、あなたと彼がよければだけど」

舷は私が言えば
了承してくれるだろうけど
母さんの方はいいんだろうか?

『彼はいいって
言うと思うけど旦那さんは大丈夫?』

「大丈夫よ。

それに、あの子も
兄弟がいないからきっと椛に懐くわよ」