高校生の頃、あれは・・・詩土仁葦だった。
 附属中学高校のキャンパスと附属大学のキャンパス、最寄駅を繋ぐ三角形の中に洒落たカフェがあった。羽田には中学時代からの友人達が居たし、毎日ではなかったけれどたまに帰りが一緒になることがあった。教室の机の上に腰掛けて話すこともあったし、のんびりと歩きながら大抵ファーストフードに立ち寄ったり、ごくたまにその洒落たカフェに立ち寄ることもあった。そのカフェでコーラやカフェラテを飲むのはどこか大人びていて高校生には贅沢だった。チップスと呼ばれるポテトフライ、ネオンカラーのトレー、「古き良き」と誰かが言った一世代前のアメリカのポップス。当時の自分たちには随分とおとなに見えた大学生達の低いおしゃべり。
 その日のプレートには、パセリの緑が散った白肌のソーセージやその色がピリリと辛さを物語るような赤味のあるソーセージ、燻製の褐色の肌を晒したソーセージなどが、どちらが主役か分らないようなこんもりとのったマッシュポテトの横に添えられていた。
 「端っこ、食べたい。」
 と羽田が言った。ソーセージの端っこが好きだけれど、家では食べられないと言う。
 「男が端っこたべるんじゃないって、母親が言うんだよね」
 「へえ・・・。」
 ときどき垣間見る羽田の家はどこか少し時代遅れに感じることがあった。こんな時代になっても男は男らしく、と育った彼は確かに端で見ていて気持ちが良いほど真っ直ぐでさっぱりしていて好ましい。それでもきっと羽田は拭いきれない繊細さを大事に抱えているのだと思う。その繊細さがきっと、駿太郎を思い続けていた彼の愛情の深さに繋がっていて、今二人がこうしている事に繋がっているのだろう、と駿太郎は思った。

 目の前で、羽田によく似た中年の女性が笑っている。ブロッコリーののったサラダを不思議な形をしたトングを器用に使って、駿太郎の取り皿に乗せた。
 「平賀君、野菜食べないとダメよ。で、ほら、男子校に行かせたのを間違ったかなあって思ったのよ。それこそ高校時代は平賀君の話ししかしないしね。うふふふ。まぁねえ、男の子しかいないんだから仕方ないね。平賀君、綺麗だもんね。あ、違うか?あはは。それでも、大学は折角共学になったのに女の子連れてこないし…。あ、でも、このまえやっと連れてきてくれてね」
 「あ・・・!!っと、かあさん、なに、その話しやめてよ。駿太郎、違うよ。」
 「何が違うのー、なんだよー、羽田ー、俺には内緒の話しー?」
 「ち、ちっがう!だいたい、かあさんがシツコイから。女の子連れて来いってしつこいから」
 「だってねえ?健全な男子がね、ガールフレンドもいないなんてねえ?だって私がお父さんと会ったのはね18歳の時だからね。あらあら、おばちゃんたらこんな話し、うふふふ。ほら、ほら、食べて、平賀君、お口に合う?大丈夫?」
 「美味しいです。これ、美味しい。フランクフルトってこうやって食べた事無かったけど、すげえ美味い。」
 「あら、ほんとー?よかったー。もうね、質より量よねー。裕人もね、もう少し美味しいとかなんとか言ってくれるといいんだけどねえ…」


 ──男子たるもの。
 フランクフルトを齧りながら、駿太郎はそっと思いを馳せる。

 ──男子たるもの。
 未来。近くて、遠い未来。

 ──男子たるもの。

 ──いつか…。

 ──男子たる、もの
 いつか、自分たちはおとなになる。
 社会に出て行く。
 羽田は・・・
 女の子と結婚するのだろうか。

 ──男子たるもの・・・
 いつか。
 『しゅんたろ?俺、結婚しなくちゃいけない』



 「しゅんたろ?」
 え?
 「え?」
 「それ、気に入った?」
 「うん。美味しいよ。これ、俺、好きな味。」
 「ガキッぽくね?ケチャップなんてさ」
 「そう…かなあ」
 羽田が箸で指したフランクフルトのソテーをもうひとつ取って、駿太郎は笑った。
 「まだ、ガキでもいいじゃん。」

 いつか、羽田が。
 想像に傷ついた自分を馬鹿馬鹿しいと心の内で罵りながら、駿太郎はフランクフルトにきりりと歯を立てた。