「さあ、話を聞かせてくれないか」


椎名はソファに戻り、慣れた手つきで、夕夏と自分の前に、芳香を包んだ湯気が上がる紅茶を置いた。夕夏はちょっとうなずいて、カップを口元に持っていった。琥珀色の液体を口に含むと、かすかに微笑む。


「椎名、ひな祭りという行事を知っているか」


「ひな祭り……?」


椎名は記憶の中を探ってみたが、いくら考えても、スクールの歴史講義で習った、戦争前の古い伝承の名前しか思いつかなかった。


「まあ、今はもう残っていないだろう。親の願望を込めたものだ、『完璧』な人間には似つかわしくないからな」


夕夏は、寂しげに笑った。


「その祭りが、何か?」


「さっきの歌は、その祭りの歌なんだ。あかりをつけましょ、ぼんぼりに、とな。その祭りの情景を歌ったものだが、もうずいぶん歌っていないから、記憶にあまりない所もある」


「ずいぶん寂しげな歌なんだな。祭りというからには、もっと勇壮で……」


「そういう祭りではないんだ。これは、女子の健やかな成長と良縁を願う、もっとおとなしくて静かな祭り、だったはずだ」


「夕夏は、実際には知らないのか」


「私の故郷では、戦争が激しくて、そんな祭りどころではなかったんだ。ただ、一度だけ経験した。そして、ひな人形というものがあったのは記憶している」


「人形……」


そういう伝承を知らなかった椎名の頭に浮かぶ人形とは、子供が遊ぶぬいぐるみくらいだ。


その時、彼はひらめいた。デスクに戻り、コンピューターを起動させる。


「ひな、人形……ひな、祭り……」


3D検索エンジンにヒットするか。椎名は試してみた。


「夕夏、これか?」


夕夏はデスクに駆け寄ってきた。そして、3D映像を投影させるスクリーン代わりのカーテンを引いた。部屋は真っ暗になり、コンピューターが浮き上がらせる光が、映像を見つめる二人の顔を柔らかく照らした。