明日香の目の前に広がっていたのは、広大な 水田が見渡す限りに広がる田舎の象徴的な景色だった。

…ここどこ?
「ここが夢の国ですよ。」
明日香の心の問いかけに、イルマは苦笑を浮かべながら丁寧に答えた。

「…夢の国ってさ。例えばネズミーランドみたいなさ。誰だってああいうのを想像すると思うんだけど…?」
「すみません。それは可能なのですが…。ここの暮らしに気に入ったある男が他の土地を頑として譲らなくて。」
「可能って?風景を変えられるってこと?」
「そうです。出来れば古賀さんのお望み通りに変えたいのですが。」
それを拒む人がいるってことか。
ここにも住人がいて、訪問者の思い通りには行かないんだなぁ。

想像していた物とはかけ離れた世界観に、明日香はある意味感心していた。
「ある者って?」
「直に分かりますよ。」
肩をすくめるイルマを見て、明日香の脳裏にある一抹の不安が頭をよぎる。
「まさか…。その人が探偵だなんて言うんじゃないでしょうね…?」
「…会えばわかりますよ。」
だいたい分かってきた。イルマがはっきりと答えない時は暗に肯定している時なのだ。

嘘でしょ…?
探偵と言えばシャーロックホームズ。ホームズと言えばロンドン。ロンドン言えば西洋でしょ。
なのに、何でそんな田舎の暮らしにどっぷりハマった探偵に会いにいかなければならないのか。話を聞く分には我儘で頑固そうである。

明日香の中の探偵像がガラガラと崩れ落ちる音がした。

「やっぱ…。帰る…。」
このままこの世界にいれば立ち直れない気がしてならない。
大扉を一歩抜けた所で立ち尽くしていた明日香は、回れ右をした。

「あ…れ?」
さっき抜けてきたばかりの扉がない。
手を伸ばしても何もない空間を切るだけである。
「入場門は入る専用ですので。ここからは出られませんよ?ちなみに、退場門はずっとずっと向こうです。」
イルマが指を指す方向を見れば、その退場門とやらは水田のはるか向こうに佇む高い山の奥にあるようだ。

「嘘でしょ…。」