それは青天の霹靂だった。志穂美は二年間付き合っていた恋人にふられた。

 杉田志穂美は二十九歳で彼氏、もとい元彼氏の奥村優二は三つ上の三十二歳だ。現代、この世代の男女は結婚適齢期にあると考えられているものだが、二人も結婚を意識していた。そろそろ身を固められたらいいねという言葉を、優二は実際に志穂美の前で口にしていた。彼女は恋人の言葉を信じていた。

 優二と付き合う以前、志穂美は複雑な恋愛を経験してきた。彼女は一流大学を出て大手の広告代理店に就職した。就職してすぐに妻子あるコピーライターと知り合い、四年間不倫の関係を続けていた。好きだという感情だけで突っ走っていた関係だった。だが、街で偶然コピーライターが親子連れで歩いているのを見掛け、志穂美は自分の立場の惨めさに気づいた。携帯の番号を変え、住所を変え、彼女はかなりの覚悟を決めて彼と別れた。

 その後、普通の恋愛がしたいと思っていた志穂美は、友達の紹介で若手歯科医師の優二と知り合った。彼の勤務する歯科医院は志穂美の広告代理店の近くに位置し、二人は仕事を終えた後にデートを重ねた。誰にも気兼ねせずに、大手を振って恋人と街を歩ける幸せ。優二と出会って本当に良かったと彼女は思った。彼は地方の歯科医院のお坊ちゃまで、育ちが良く洗練されている。着ている物や乗っている車のセンスも良く、一緒にいて見栄えがする人だ。

 優二の存在は過去の辛い経験を打ち消してくれるものであるはずだったのに、彼は突然志穂美に別れを切り出してきた。