その夜、右京を行く者があった。

 元来右京はさびれており治安もよくない。深夜に右京を歩く人影というだけでも珍しい。

 しかも、まだ若い。十代を半ば過ぎたほどに見えた。

 髪を一つにまとめ、身につけているのはつぎのあたった墨染の狩衣に小袴。動きやすい格好だ。腰には刀まで差している。

 一言で言ってしまえば怪しい。

 どこか落ち着かない足どりもその怪しさに拍車をかけていた。


「だ、大丈夫。大丈夫だ…」

 よくよく見れば、顔立ちは意外にもすっきりと凛々しい。ただし、その表情は不安に彩られていたが。

「夜盗なんかいない、いないんだ。いても戦えるし」

 独り言は続く。

「だいたい道満様も道満様だ。金を持って消えるなんて何を考えてるんだ。供の身にもなってくれ」

 その懐に入れた札―いわゆる式神のよりしろだが―がもの言いたげに動くのを感じて、少し表情が緩んだ。

「ああ、藤影(ふじかげ)。大丈夫、慣れてるさ。空き家を一晩借りればいいだけだが…」

 はあ、とため息を吐いた。

「なかなか適当なものがないな…治安が悪いから野宿もしたくないし…」


 とぼとぼと行くその背中に――声がかかった。

「もし」

「――ッ!!?」

 夜盗を気にしていたばかりである。振り向いた時には懐から一枚の符を引き抜いていた。

 小さな雷を招来するものだ。並の夜盗くらいならば―

 そう思って相手を見据え、…息を呑んだ。


 こんなさびれた場所には場違いな、仕立ての良い狩衣。

 それを着こなすのは、こちらと年のころも変わらぬ少年だった。元服も迎えていそうな年頃だが、何故か髪は結わずに散らされている。

 その容姿は信じられないくらい美しい。こんな夜に見ると不気味なほどだ。本能的な恐怖を感じた。

 ひっ、と喉が鳴った。早く、早くこの符を飛ばさなくては。しかし身体が思うように動かない。

「そこで―何をしてる」

 少年の冴え冴えとした声が響いた。