風が肌寒くなってきた4月の夕暮れ。

エカテリーナは軍事工場の裏に、想い人のポチョムキンを呼び出した。

「なんの用だい、エカテリーナさん?僕はこれから家に帰ってノラ猫体操をしなければならないんだ」

この二人きりの状況に照れてしまっているポチョムキンは強がって見せながら、エカテリーナの出方を待った。

「ポチョ君・・・あの、私、あなたのことがッ!」

エカテリーナが、ずっと心の中に秘めていた言葉を口に出そうとしたとき、彼女の激しく鼓動する胸よりも下から、もうひとつの荒々しい波が押し寄せていた。

(クッ、また私を苦しめるのね、この忌々しいストマックめ!負けるものかッ!)

彼女の体内で愛しさと切なさと吐き気が激しく渦巻いた。

「あなたのことが、好・・・っぉおぼぼぼぼぼおえええぇぇぇッッッ!」

エカテリーナはその場にうずくまり激しく嘔吐した。

「だっ、大丈夫かい、エカテリーナさん!」

ポチョムキンはオロオロしながらエカテリーナに駆け寄り、彼女の背中をなでた。

一通り胃の中の物を吐き終えたエカテリーナは、

(やはり告白前にカツ丼など食すべきではなかった・・・大失敗だ、バナナだけにしておけば良かった。でも、ここから巻き返しを計らねば!)

と肩で息をしながらも必死に考えをめぐらせていた。そして、

「ポチョ君・・・これはつわりなの。あなたの子よ」

本来踏むべき恋人の手続きすべてを省略して、懐妊をポチョムキンに告げたのだ。

「ええッ!キッスもしていないのにかいッ!?」

ポチョムキンは驚きのあまり取り乱して、ノラ猫体操を開始した。

そしてエカテリーナは、再び、今度は胃液を吐いた。

ポチョムキンは踊り続け、エカテリーナは吐き続けた。

その後、二人は軍事工場関係者らの通報によってかけつけた警察に身柄を保護され、保護者に引き渡された後、キツネ憑きであるとの疑いから神社でお祓いを受けた。

しかし、エカテリーナはこれを神前式の結婚であると勘違いするのだった。


     おわり