午後9時50分。


皿の割れる音が古いアパートに響く。


続いて、テレビの音量が最大限に開けられた。


その瞬間、アパートの住人達は『またか』、と苦い思いで溜め息をつきながら自分達の部屋の錆び付いた窓をギシギシと閉め始める。


音の出所は、この『友愛荘』102号室。


その部屋の住人、佐野 太郎(31歳)が娘の弥生(11歳)に暴力を振るっていることは、もはやアパート内の暗黙の了解となっていた。


夕飯も済み、寝る前のくつろぎの時間。


聞きたくないと誰もが願っていた。


父親の怒鳴り声と


幼い少女の泣き声を。