ねじれの位置の恋人 ~世界でたったひとり、出会ってはいけなかった人~

 年が明け、数日たったある日。
 大和の研修が十二月末で強制終了になったと、玉響総合病院から連絡があった。
 理由は、医療財団の理事長エドワード・スズキが正式に逮捕され、研修どころではなくなったからだ。
 
「え? 一年も研修を受ける予定だったんですか?」
「あぁ。最低一年。最長三年だった」
 帰国の途につくロサンゼルス国際空港で大和から明かされた衝撃の事実に、七海はパチパチと瞬きをした。

 もし、父のことがなかったとしても、普通に大和とは一年から三年離れ離れだったのだ。
 
 冷や汗を流す七海の不安を察したのか、当然のような顔で大和は七海の腰を引き寄せる。
 そのまま、七海はファーストクラスの航空券を持つ者しか立ち入ることを許されない、専用の特別ラウンジへとエスコートされた。
 
「日本にはこんな部屋なかったです!」
 自動扉の向こうに広がっていたのは、空港の一角とは思えないほど贅沢な空間だった。
 最高級の革張りソファーが並び、ガラス張りの向こうにはこれから乗り込む巨大な飛行機が見える。

「アメリカって、やっぱりすごいですね」
 まるで一流ホテルのロビーのような空間に、七海は子どものようにキョロキョロと周囲を見回した。
 
「可愛いな、七海は」
「えぇっ? なんで笑うんですか?」
「日本にもあるぞ」
 頬を膨らませる七海の頭を、大和は愛おしそうに撫でる。
 七海をソファに座らせた大和は、七海のすぐ隣に腰掛けた。

「新婚旅行はどこにする?」
「し、新婚……!」
「まず、結婚式をどこの国でするか決めるところからか」
 大和は七海の左手をそっと取りながら、楽しげに口元を歪める。
 
「まだ付き合いはじめたばかりなのに」
「俺の中では、もう七海を一生離さないって決まっている」
 有無を言わせない独占欲が、熱い視線となって七海を射抜く。
 大和の薬指が七海の薬指をなぞるように絡みついた。
 それだけでまるで目に見えない赤い糸で縛り付けられてしまったかのような錯覚に陥る。

「日本に着いたらすぐ婚約指輪を買いに行って、叔父さんにも報告へ行くか」
「ま、待って、待って。そんな急に」
 超高速ロードマップに、七海は右手をパタパタと振って大慌てで制止した。
 いくらなんでも心の準備が追いつかない。

「七海は可愛いから、予約しておかないと安心できない」
「よ、予約? そんなのしなくても……」
 私なんかと言いかけた七海の言葉は、大和のあまりに真剣で、どこか焦りを孕んだ瞳に遮られた。
 
「森口とか」
「え? 真くん?」
 従兄ですよと七海は笑う。

「自覚がないところが一番危ない」
 大和はわざとらしい溜め息をつくと、掴んでいた七海の左手を自分の唇へと引き寄せた。
 ちゅ、と薬指の付け根に熱いリップ音が響く。

「や、大和さんっ」
「ここに俺以外の男が触れるのも近寄るのも許さない。だから『予約』だ。それとも俺に予約されるのは不満か?」
 上目遣いで覗き込んでくるズルいほど端正な顔。
 意地悪な聞き方なのに、独占欲が透けて見えて恥ずかしい。

「ふ、不満なんて……あるわけ、ないです……」
「なら決まりだな」
 真っ赤になった七海が白旗を揚げると、大和は満足そうに極上の笑みを浮かべた。

「さぁ、帰るぞ。俺たちの家に」
 搭乗のアナウンスが流れ、大和は立ち上がる。
 
「七海にモンブランも、ナスの煮びたしも作ってもらわないといけないからな」
「ナスも栗も時期じゃないですよ」
 なかなか既読にならなかったメッセージの内容もちゃんと覚えていてくれたなんて。

「七海が作ってくれる料理なら、俺は何でもいい」
 野菜の形が残っていなくてもと大和が笑う。

「甘やかしすぎです!」
 大和の完璧なエスコートに導かれた七海は、幸せすぎる一歩を踏み出しながら「まだ夢の中かな」と呟いた。