ねじれの位置の恋人 ~世界でたったひとり、出会ってはいけなかった人~

「あなたは昔、日本の玉響総合病院で、ある手術を執刀しましたね」
「そ、そんなことはしていない」
「あなたが密かに使用した未承認薬の投与記録、そして副作用をある医師のミスに見せかけるための改ざん指示書」
 大和は付箋を貼ったページを開き、「すべて手書きの原本です」とエドワードに見せつける。
 
「そ、そんなものはデタラメだ! 私が書いた証拠があるのか!」
 狼狽えるエドワードに向かって冷静に答えたのは、大和ではなく老弁護士だった。
 
「筆跡鑑定はすでに済ませています」
「筆跡鑑定だと?」
「彼が日本から持ってきた遺品、あなたが書かせた不当な念書のコピーと、この記録が完全に一致したんです」
 老弁護士は調査官に「証拠です」と念書のコピーと筆跡鑑定結果を手渡す。

「エドワード・スズキ。あなたはアメリカでの地位を守るために、他人の人生を、そして患者の命を使い捨てた。医療委員会は本日付であなたの医師免許を一時停止し、州検察が証拠隠滅と偽証の疑いで捜査を開始します」
「ま、待て……! 金ならいくらでも出す! 君も、その弁護士も……!」
 捜査官の宣告にエドワードは椅子から飛び上がるように立ち上がりながら懇願する。
 
「父と斎藤俊嗣さんの命に値段なんてない」
 大和の瞳には、燃えるような憎しみではなく、ただ深い蔑みだけが宿っていた。
 
「……父?」
「俺は汚名を着せられた医師、西九条大造の息子だ」
「な、なんだと……? あいつに息子がいたなんて」
 エドワードは老弁護士を睨む。
 老弁護士は、当時わざと息子がいることをエドワードに教えなかったと話した。
 エドワードの偽証を疑いつつも、証拠がなく、なにもできなかった罪悪感からとっさについた嘘だったと。
 
「これは罠だ! なにかの間違いだ!」
「それは捜査で明らかになるでしょう」
「俺は知らん!」
 調査官に連行されていくエドワードが去った理事長室は、静まり返る。

「……終わったよ、父さん」
 これから悪は裁かれ、真実は日の下に晒される。
 それなのに、大和の胸の奥に広がるのは、達成感ではなく虚無だった。
 
「七海、君の父親を奪った男をやっと引きずり下ろせた……」
 大和は日本との繋がりを絶つために電源を切ったはずのスマートフォンを取り出す。
 無意識のうちに電源を入れていた自分に気づき、大和は自嘲気味に笑った。