「あいつが医師と弁護士の両方を目指すきっかけになったのは、七海ちゃんなんだ」
「……私?」
「昔、裁判所で会っているそうだよ」
私が裁判所に行ったのはたった1回。
小学生の時だ。
高い天井、重苦しい静寂、大人の怒鳴り声。
何が行われているのかさっぱり分からず、ただその空間が怖くて、母の裾を握りしめて震えていた記憶しかない。
「どうして」
どうして何も教えてくれなかったのだろうか。
いつから私が斎藤俊嗣の娘だと知っていたのだろうか?
大和はどんな思いで側にいてくれたのだろうか……?
考えても答えが出ない問いが頭の中をぐるぐるする。
「……ずるいです」
一方的に守られ、一方的に償われ、そして最後は何も言わずに消える。
そんな独りよがりな幕引きを、許せるはずがなかった。
大和に「真実を背負わせるに値しない、弱い存在」だと思われていたことが悔しい。
私の父を奪ったのが大和の父だというのなら、なおさら、私にはそれを知る権利があった。
一緒に苦しむ権利があったはずだ。
「そこに、大和さんがいるんですよね?」
七海は西九条の手元にある地図を指差す。
「この病院に勤めているはずだよ。住んでいる場所はわからないけど」
見せてもらった地図は複雑に絡み合うハイウェイの先に記された、見覚えのないアルファベットの羅列。
どのあたりなのかさえ見当もつかないが、今の七海にとって大和へと繋がる唯一の手掛かりだった。
「私、行きます」
七海は震える指先で、地図に記された病院の名前をなぞる。
英語なんてわからない。
海外なんて行ったこともない。
でも、今すぐ動かなければ、大和にはもう二度と会えない。
「マンションなんていりません。私が欲しいのは、大和さんの隣にいる未来だけです」
たとえ贖罪のために優しくしてくれただけだとしても、このまま会えなくなるのは嫌だ。
まだ自分の気持ちを伝えていないのに、始まる前に終わりたくない。
「過去に囚われて帰ってこないつもりなら、私が引きずり出してきます」
七海の宣言に西九条は目を丸くする。
「ははっ、参ったな。大和のやつ、とんでもないお姫様を敵に回したもんだ」
そう言いながらも、西九条はなんだか嬉しそうだ。
「七海ちゃん、パスポート持っている?」
「あっ! 持っていないです」
「だよね。まずはそこから始めようか」
電子渡航認証の申請も必要だし、渡航準備もできるだけサポートすると言われた七海は、西九条にお願いしますと頭を下げた。
「俺の不器用な『いとこ』をよろしく」
「いとこ!?」
七海は弾かれたように顔を上げる。
西九条なんて珍しい名字、そうそう被るはずがない。
だが、それまでの情報量があまりに過密すぎて、そんな単純な事実にさえ気が回っていなかった。
「じゃあ、連帯責任ということで、遠慮なく西九条さんを頼らせていただきます」
いとこだという事実すら教えてもらえていなかった七海が少し口を尖らせながら宣言すると、西九条は愉快そうに声を上げて笑った。
◇
11月のロサンゼルスの空は、どこまでも高く残酷なほどに透き通っていた。
サンタモニカ・フリーウェイを走る車の窓を開けると、高温で乾燥した風サンタアナが吹き込んでくる。
この風が吹く季節は嫌いだと大和はすぐに窓を閉めた。
助手席に投げ出したタブレットには、一人の男の経歴が映し出されている。
かつて玉響総合病院に招聘された名医エドワード・スズキ。
あの日、父と一緒に手術室に入っていたにも関わらず、父にすべての罪をなすりつけてこの国へ逃げた男だ。
巨大医療財団の理事として富と名声の頂に君臨しているこの男を、アメリカの法廷で何ひとつ言い逃れができない状況で叩き落とす。
そのためにここまで来たのだ。
『俺は執刀していない』
アルコールに溺れ、廃人のようになった父が、最期に残したうわ言。
ただの言い逃れか、死に際の願望だったのかもしれない。
だが、そんな言葉を聞いてしまえば、真実を確かめずにはいられない。
ふと、胸ポケットに忍ばせたスマートフォンの画面が光るのが見えた。
この番号は七海にも孝仁にも教えていない。
アメリカでの仕事用だと分かっていても、わずかな期待を抱いてしまう自分が、ひどく滑稽で、馬鹿みたいだった。
「……私?」
「昔、裁判所で会っているそうだよ」
私が裁判所に行ったのはたった1回。
小学生の時だ。
高い天井、重苦しい静寂、大人の怒鳴り声。
何が行われているのかさっぱり分からず、ただその空間が怖くて、母の裾を握りしめて震えていた記憶しかない。
「どうして」
どうして何も教えてくれなかったのだろうか。
いつから私が斎藤俊嗣の娘だと知っていたのだろうか?
大和はどんな思いで側にいてくれたのだろうか……?
考えても答えが出ない問いが頭の中をぐるぐるする。
「……ずるいです」
一方的に守られ、一方的に償われ、そして最後は何も言わずに消える。
そんな独りよがりな幕引きを、許せるはずがなかった。
大和に「真実を背負わせるに値しない、弱い存在」だと思われていたことが悔しい。
私の父を奪ったのが大和の父だというのなら、なおさら、私にはそれを知る権利があった。
一緒に苦しむ権利があったはずだ。
「そこに、大和さんがいるんですよね?」
七海は西九条の手元にある地図を指差す。
「この病院に勤めているはずだよ。住んでいる場所はわからないけど」
見せてもらった地図は複雑に絡み合うハイウェイの先に記された、見覚えのないアルファベットの羅列。
どのあたりなのかさえ見当もつかないが、今の七海にとって大和へと繋がる唯一の手掛かりだった。
「私、行きます」
七海は震える指先で、地図に記された病院の名前をなぞる。
英語なんてわからない。
海外なんて行ったこともない。
でも、今すぐ動かなければ、大和にはもう二度と会えない。
「マンションなんていりません。私が欲しいのは、大和さんの隣にいる未来だけです」
たとえ贖罪のために優しくしてくれただけだとしても、このまま会えなくなるのは嫌だ。
まだ自分の気持ちを伝えていないのに、始まる前に終わりたくない。
「過去に囚われて帰ってこないつもりなら、私が引きずり出してきます」
七海の宣言に西九条は目を丸くする。
「ははっ、参ったな。大和のやつ、とんでもないお姫様を敵に回したもんだ」
そう言いながらも、西九条はなんだか嬉しそうだ。
「七海ちゃん、パスポート持っている?」
「あっ! 持っていないです」
「だよね。まずはそこから始めようか」
電子渡航認証の申請も必要だし、渡航準備もできるだけサポートすると言われた七海は、西九条にお願いしますと頭を下げた。
「俺の不器用な『いとこ』をよろしく」
「いとこ!?」
七海は弾かれたように顔を上げる。
西九条なんて珍しい名字、そうそう被るはずがない。
だが、それまでの情報量があまりに過密すぎて、そんな単純な事実にさえ気が回っていなかった。
「じゃあ、連帯責任ということで、遠慮なく西九条さんを頼らせていただきます」
いとこだという事実すら教えてもらえていなかった七海が少し口を尖らせながら宣言すると、西九条は愉快そうに声を上げて笑った。
◇
11月のロサンゼルスの空は、どこまでも高く残酷なほどに透き通っていた。
サンタモニカ・フリーウェイを走る車の窓を開けると、高温で乾燥した風サンタアナが吹き込んでくる。
この風が吹く季節は嫌いだと大和はすぐに窓を閉めた。
助手席に投げ出したタブレットには、一人の男の経歴が映し出されている。
かつて玉響総合病院に招聘された名医エドワード・スズキ。
あの日、父と一緒に手術室に入っていたにも関わらず、父にすべての罪をなすりつけてこの国へ逃げた男だ。
巨大医療財団の理事として富と名声の頂に君臨しているこの男を、アメリカの法廷で何ひとつ言い逃れができない状況で叩き落とす。
そのためにここまで来たのだ。
『俺は執刀していない』
アルコールに溺れ、廃人のようになった父が、最期に残したうわ言。
ただの言い逃れか、死に際の願望だったのかもしれない。
だが、そんな言葉を聞いてしまえば、真実を確かめずにはいられない。
ふと、胸ポケットに忍ばせたスマートフォンの画面が光るのが見えた。
この番号は七海にも孝仁にも教えていない。
アメリカでの仕事用だと分かっていても、わずかな期待を抱いてしまう自分が、ひどく滑稽で、馬鹿みたいだった。



