ねじれの位置の恋人 ~世界でたったひとり、出会ってはいけなかった人~

 お盆は一緒に両親のお墓参りに行ってくれた。
 いなくなる前日は、いつも通り一緒に夕飯を食べ、次の日から医療研修だと言っていた。
 終わるまで帰れないので、いつ帰ってくるかはわからないと。

「1日3食、ちゃんと食べるんだぞ」
 そう言いながら大きなスーツケースを持って出掛けて行った姿が、まさか最後になるなんて。

 研修中で忙しいかなと思いながら送ったメッセージは、いつまで経っても既読にならない。
 一週間、二週間。
 あっという間に時間は過ぎていき、大和が研修に行ってからそろそろ一ヶ月が経とうとしていた。

「ねー、真くん。お医者さんの研修ってどのくらいかかるのかな?」
「俺のインターンシップは一ヶ月だったけど」
 インターンシップは受け入れ先の会社次第だ。
 一週間のところもあれば、真のように一ヶ月も勉強させてくれるところもある。
 医者の研修なんてわかるわけがないと、真は最近お気に入りのマンゴースムージーを飲みながら七海に答えた。

「いつ帰るって言わなかったのか?」
「うん。終わったらって」
「患者の容体次第ってことなのかな」
 医者は大変だなと真に言われた七海は、抹茶シェイクを飲みながら頷くしかなかった。

「母さんさ、今まで働いたことなかったから、スーパーの品出しは疲れるって、もう辞めたらしい」
「……そっか」
「父さんがすぐ次を探させて、今度は弁当屋で働くって」
 ごめんなと真に言われた七海は首を横に振る。
 叔母の年齢で初めて働くのはキツイだろう。
 でも叔母が働いたお金を返してほしい。
 そう思ってしまうのは意地悪だろうか?

「……早く会いたいな」
 七海は小さな声で呟きながら、大和に買ってもらったブルーアコヤのネックレスを握りしめた。

 9月、10月が終わり、11月も中旬に。
 だが、大和からの連絡はなく、時間だけが過ぎて行く。

 もっとちゃんと聞いておけばよかった。
 どこの病院なのかとか、一般的に医者の研修期間はどのくらいなのか。
 思い返せば、大和は大きなスーツケースを持って行った。
 一週間とかそんなレベルではない荷物の量だということに気づけたはずなのに。
 
「……七海ちゃん、ちょっといい?」
「あっ、はい。なんでしょうか、西九条さん」
 今日も弁護士事務所の受付に座っていた七海を西九条が部屋へ呼ぶ。
 七海はノートとペンを持って西九条を追いかけた。

「ねぇ、七海ちゃん。大和から何か聞いている?」
 事務所の重い扉を閉めた七海に、西九条は沈んだ声で問いかける。

「えっと、しばらく研修でいなくて」
 七海は首を傾げながら、打ち合わせ机の椅子に腰かけた。

「行き先は?」
「医療研修としか……」
「やっぱりか」
 西九条は手で額を押さえながら、大きくため息をついた。

「……ごめんね、もっと早く話せばよかったんだけど」
 変な前置きをしながら、西九条は封筒と地図が書かれた紙を七海の前に出す。
 地図はなぜか英語のように見えた。
 
「調べるのに時間がかかって。いや、もとはといえば大和があんなに用意周到に消えるのがいけないんだけど」
 ひととおり言い訳をした後、西九条は地図の上に手をポンと置く。
 西九条から出た「大和」の言葉に、七海は何かあったのかと不安になった。