叔父さんに不幸になってほしいわけじゃない。
でも、なかったことにもしたくない。
重苦しい沈黙が個室を支配する。
叔父のすすり泣くような吐息だけが響く中、それを切り裂いたのは大和の冷静な言葉だった。
「自分を責めるのは後回しにしませんか。今、叔父さんがすべきことは、七海が納得できる着地点を見つけることです」
大和は七海の拳に乗せた手に指を絡め、七海を見る。
七海は大和の手の温もりを支えに、伏せていた顔をゆっくりと上げた。
「私、叔母さんと会いたくない」
電話もイヤだし、今回のように急に会いに来るのも困る。
もちろん自分から会いに行くことはもうない。
「叔母さんに、誓約書を書いてもらいたいです。二度と、私に関わらないと」
「もちろんだ。……誓約書はおまかせしても?」
叔父と目が合った大和は頷く。
七海も大和にお願いしますと頭を下げた。
「あと、何に使ったのか知りたい」
もう細かい金額はわからないと思う。
それでも、自分の両親が遺してくれたものが、何に消えていったのかを知る権利があるはずだと七海は叔父に想いを伝えた。
「わかった。調べて七海に報告することを約束する」
「それから、私が一人暮らしを始めたあと、毎月送っていたお金は、返してほしい」
「いや、遺産も全部」
口を挟もうとした叔父を大和は手で止める。
七海はキュッと口を閉じ、ゴクッと唾を飲み込んだと話の続きを始めた。
「返済は叔母さんが働いたお金でお願いします」
叔父が立て替えたり、貯金から払うのはダメだと七海は付け加える。
叔父の稼ぎで解決してしまえば、叔母は痛みを感じない。
自分がした罪の重さを、その手で、その労働で、一生忘れないようにしてほしい。
それが七海の譲れない一線だった。
「毎月6万返せとは言いません。返済計画を立てて返してください」
「返済のたびに叔母さんの給与明細の写しを要求したらどうだ?」
本当に本人が働いた金なのか裏付けを取ったほうがいいと大和が冷徹な追撃を付け加える。
「あっ、そうします。そうすれば叔父さんたちのお金からは返済できないですよね」
叔父は驚いたように目を見開き、やがて納得したように頭を下げた。
「あいつには、心を入れ替えて働かせる。私が責任を持って最後まで見届ける」
「では後日、書類を送らせていただきます。叔母さんの署名捺印をお願いします」
大和の事務的で容赦のない手際に、叔父は圧倒されたように頷くだけだった。
タイミングを見計らったように食事が運ばれたが、叔父はなかなか箸を付けようとはしなかった。
「叔父さん。私ね、お父さんとお母さんがいなくなったとき、ひとりでなにもできなかった」
「姉さんが亡くなったのは、小学校の卒業式の日だったな」
母は卒業式に来られなかった。
担任の先生に呼ばれて、教頭先生と一緒に病院に行って、年に1度会う程度の叔父さんが迎えに来てくれるまで独りで泣くことしかできなかった。
お葬式も転校の手続きや引越しも、すべて叔父さんと叔母さんにしてもらったことは感謝している。
だからたぶん、叔母さんが正直に遺産の一部を新居の費用にしていいかと聞いてくれれば、当時の自分はいいと答えただろう。
「ありがとう、叔父さん」
七海の言葉に叔父の涙腺は完全に崩壊する。
叔父は少しだけ俯き、ポケットから取り出したハンカチで涙を拭いた後、ようやく箸を取り食べ始めた。
七海もご馳走に驚きながら箸をすすめる。
デザートを食べ終わる頃には、七海も叔父も雑談しながら笑い合えるほど、今まで通りに向き合えるようになった。
これでようやくひと区切りだ。
そう思った瞬間、七海の胸に溜まっていた重たい塊が、すっと消えていく。
食事を終えて店を出ると、ビルの谷間から見える空はどこまでも高かった。
「大和さん、ありがとう」
「礼は全部終わってから聞く」
歩き出した大和の背中を追いかけながら、七海は心の中で両親に報告した。
――お父さん、お母さん。私、もう大丈夫。
隣に並んだ大和の手が、自然と七海の手に触れる。
今度は七海から、大きな手をぎゅっと握った。
でも、なかったことにもしたくない。
重苦しい沈黙が個室を支配する。
叔父のすすり泣くような吐息だけが響く中、それを切り裂いたのは大和の冷静な言葉だった。
「自分を責めるのは後回しにしませんか。今、叔父さんがすべきことは、七海が納得できる着地点を見つけることです」
大和は七海の拳に乗せた手に指を絡め、七海を見る。
七海は大和の手の温もりを支えに、伏せていた顔をゆっくりと上げた。
「私、叔母さんと会いたくない」
電話もイヤだし、今回のように急に会いに来るのも困る。
もちろん自分から会いに行くことはもうない。
「叔母さんに、誓約書を書いてもらいたいです。二度と、私に関わらないと」
「もちろんだ。……誓約書はおまかせしても?」
叔父と目が合った大和は頷く。
七海も大和にお願いしますと頭を下げた。
「あと、何に使ったのか知りたい」
もう細かい金額はわからないと思う。
それでも、自分の両親が遺してくれたものが、何に消えていったのかを知る権利があるはずだと七海は叔父に想いを伝えた。
「わかった。調べて七海に報告することを約束する」
「それから、私が一人暮らしを始めたあと、毎月送っていたお金は、返してほしい」
「いや、遺産も全部」
口を挟もうとした叔父を大和は手で止める。
七海はキュッと口を閉じ、ゴクッと唾を飲み込んだと話の続きを始めた。
「返済は叔母さんが働いたお金でお願いします」
叔父が立て替えたり、貯金から払うのはダメだと七海は付け加える。
叔父の稼ぎで解決してしまえば、叔母は痛みを感じない。
自分がした罪の重さを、その手で、その労働で、一生忘れないようにしてほしい。
それが七海の譲れない一線だった。
「毎月6万返せとは言いません。返済計画を立てて返してください」
「返済のたびに叔母さんの給与明細の写しを要求したらどうだ?」
本当に本人が働いた金なのか裏付けを取ったほうがいいと大和が冷徹な追撃を付け加える。
「あっ、そうします。そうすれば叔父さんたちのお金からは返済できないですよね」
叔父は驚いたように目を見開き、やがて納得したように頭を下げた。
「あいつには、心を入れ替えて働かせる。私が責任を持って最後まで見届ける」
「では後日、書類を送らせていただきます。叔母さんの署名捺印をお願いします」
大和の事務的で容赦のない手際に、叔父は圧倒されたように頷くだけだった。
タイミングを見計らったように食事が運ばれたが、叔父はなかなか箸を付けようとはしなかった。
「叔父さん。私ね、お父さんとお母さんがいなくなったとき、ひとりでなにもできなかった」
「姉さんが亡くなったのは、小学校の卒業式の日だったな」
母は卒業式に来られなかった。
担任の先生に呼ばれて、教頭先生と一緒に病院に行って、年に1度会う程度の叔父さんが迎えに来てくれるまで独りで泣くことしかできなかった。
お葬式も転校の手続きや引越しも、すべて叔父さんと叔母さんにしてもらったことは感謝している。
だからたぶん、叔母さんが正直に遺産の一部を新居の費用にしていいかと聞いてくれれば、当時の自分はいいと答えただろう。
「ありがとう、叔父さん」
七海の言葉に叔父の涙腺は完全に崩壊する。
叔父は少しだけ俯き、ポケットから取り出したハンカチで涙を拭いた後、ようやく箸を取り食べ始めた。
七海もご馳走に驚きながら箸をすすめる。
デザートを食べ終わる頃には、七海も叔父も雑談しながら笑い合えるほど、今まで通りに向き合えるようになった。
これでようやくひと区切りだ。
そう思った瞬間、七海の胸に溜まっていた重たい塊が、すっと消えていく。
食事を終えて店を出ると、ビルの谷間から見える空はどこまでも高かった。
「大和さん、ありがとう」
「礼は全部終わってから聞く」
歩き出した大和の背中を追いかけながら、七海は心の中で両親に報告した。
――お父さん、お母さん。私、もう大丈夫。
隣に並んだ大和の手が、自然と七海の手に触れる。
今度は七海から、大きな手をぎゅっと握った。



