ねじれの位置の恋人 ~世界でたったひとり、出会ってはいけなかった人~

「き、着替えきます!」
 逃げるように飛び出した七海は大和に笑われる。
 
『七海の気持ちを直接聞いてもらえませんか?』
 そんな何気ない言葉が、独りぼっちだった自分にとってどれほど救いになったか大和は知らないだろう。
 
「うれしかった、なんて恥ずかしくて言えないけど」
 大和が用意してくれた叔父との対峙。
 「謝罪を受ける場」ではなく、私の「意思を伝える」場だ。

 大和の隣に並んでも恥ずかしくないように。
 そして、自分自身に嘘をつかなくて済むように。
 七海はクローゼットから大和に買ってもらった服を手に取ると、大きく深呼吸をした。
 
   ◇

 大和が指定した店は、完全個室の和食店だった。
 案内された部屋の引き戸を店員さんが開けると、そこにはすでに叔父が座っていた。

「七海、……来てくれてありがとう」
 立ち上がろうとした叔父は、足がもつれたのか少しよろめく。
 テーブルに手をつき、なんとか耐えた叔父は恥ずかしそうに頭を掻いた。

 七海が奥に座り、大和は隣に。
 叔父と向かい合う席に座った七海は、昨晩、眠れなかったであろう叔父の憔悴しきった顔を眺めた。

 運ばれてきたお茶の香りが、個室の静寂に溶けていく。
 叔父は何度も言葉を探すように口を噤んでは開き、やがて絞り出すように切り出した。

「以前、会いに来てくれた時。あの怪我はもしかして……」
 七海の気まずそうな顔で察してくれた叔父は、深々と頭を下げる。

「本当にすまなかった」
 後悔に打ちひしがれた叔父の姿に、七海は膝の上でギュッと手を握った。
 
「私……叔父さんに謝ってほしくて、大和さんにお願いしたわけじゃないんです」
 震える声に気がついたのか、隣に座る大和の温かい手が、七海の拳を包み込むように重なる。
 大和の体温が伝わった瞬間、不思議と震えは収まり、勇気をもらったような気がした。

「叔母さんのしたことは許せません。でも、家を売ったり、叔父さんや真くんの生活を壊すのは、私の望みじゃありません」
「だが、それでは七海に返せない」
 叔父は苦渋に満ちた表情で首を横に振る。
 すべては自分の稼ぎが低かったせいだと自分を責める叔父の姿に、七海は目を伏せた。