ねじれの位置の恋人 ~世界でたったひとり、出会ってはいけなかった人~

「母さん! ちゃんと説明しろよ!」
「おい、誤解なら誤解って言ってくれ」
 真と叔父の言葉を無視した叔母は、大和のボイスレコーダーを指差す。
 
「それ、止めて」
 言われた通り録音を中止した大和は、録音ランプがついていないことを証明するかのように叔母に見せた。
 
「……子どもって育てるの大変なのよ。お金がかかるし、時間も取られるし」
 叔母はもう逃げられないと観念したのか、すべてを吹っ切ったような醜悪な笑みを浮かべた。

「だから、当然の報酬としていただいたのよ。面倒を見てあげる『対価』としてね」
 叔母は鼻で笑い、底意地の悪い愉悦を孕んだ瞳で七海を見下ろす。
 
「義兄さんと姉さんの遺産を勝手に使うなんて」
「あら、あなたも共犯よ? あなたの給料で、単身赴任しながら家が建つわけないじゃない」
 おかしいと思わないの? と叔母は笑うと、今度は真に視線を向けた。

「真、あなたの塾代、年間いくらかかったと思っているの?」
 叔母の言葉に真の顔から血の気が引いていく。
 真は小さな声で「嘘だろ」と呟いた。

「他人の子どもを家に置くのがどれだけストレスか、あなたたち男にわかる? 食費、光熱費、教育費、学校行事、それに私の精神的苦痛。それを考えたらこの金額では足りないわ」
 叔母は目の前の書類を手に取ると、七海の前でビリビリと破り捨てた。

「……すまない、七海」
 叔父が力なく俯き、絞り出すような声で謝罪する。
 あまりの衝撃に七海の方を見ることができない真は、スマートフォンを握りしめながらただ俯いた。

 その光景に七海の胸の奥で、何かが冷たく静かに固まった。
 これまでは「育ててもらった恩があるから」と自分を納得させてきた。
 だが、叔母の口から出たのはただの損得勘定。

「……叔母さん。今の言葉、一生忘れません」
 七海は震える手で、破られた書類の破片をテーブルの上で押さえた。
 
「お父さんとお母さんが遺してくれたものは、あなたへの『報酬』じゃない。私の未来のために、二人が遺してくれたものです」
 毅然と言い放った七海の視線に、叔母はたじろぐ。
 
「もう二度とあなたに私の両親の名前を口にしてほしくありません。これからは、法的に、他人としてやり取りしましょう」
 オロオロする叔父と困惑した真には申し訳ないが、この人を許すことは一生ないだろう。
 
「話は終わりのようですね」
 大和は眼鏡を外すと、ウエイターを呼び自分のカードで支払いを済ませる。
 
「ホテルの当日キャンセルは100パーセント代金が発生するため、宿泊された方が良いと思いますが、どうされますか?」
 実費だと大和が付け加えると、叔父は宿泊すると決断した。
 もちろん宿泊費は叔父払いだ。
 叔父の提案で真も一緒に宿泊することになり、七海と大和は会話がなくなってしまった三人を置いたまま、一緒にホテルのレストランを出た。