ねじれの位置の恋人 ~世界でたったひとり、出会ってはいけなかった人~

「唐突ですが叔父さんは、斎藤七海さんから叔母さんへ毎月6万円送金していることをご存じでしょうか?」
「6万?」
 叔父は七海と叔母を交互に確認したあと、知らないと首を横に振る。

「だから金がなくて、あんなおんぼろアパートに?」
 あんなところに住んでいる人がいるなんて信じられなかったと言う真に、七海は頷いた。

「では、叔母さんにうかがいます。その6万円は何の費用でしょうか?」
 大和に聞かれた叔母は視線を逸らし、何も答えない。
 叔父に「おい」と声をかけられても、叔母は話す気がなさそうだった。

「七海さんはなぜ毎月振り込みをしていたのですか?」
 大和に『さん付け』で呼ばれるのは変な感じだ。
 『さん付け』なのは、弁護士とプライベートを分けているってこと?

「私は両親の借金を返済するために、叔母に毎月振り込みをしていました」
「七海の両親に借金なんてなかったはずだが……?」
 叔父は叔母の手首をつかみ、「どういうことだ」と問い詰める。
 
「一生返しきれない借金があると。先月は10万払えと連絡が来ました」
「そんなの無理だろ」
 インターンの給料をもらったばかりの真は、非現実的な金額にありえないと呟いた。
 
「こちらは七海さんから依頼を受け、遺産の推定額を算出したものです」
 父親の生命保険受取金と静岡の家の売却費から、残りの住宅ローン、葬儀費、墓地費、弁護士費、生活費、授業料を差し引いた表を、大和は提示する。
 
「こんなに……?」
 全然負の遺産なんかじゃない金額に、七海は目を疑った。
 もしこの金額を受け取っていたら、大学は高望みだったとしても専門学校だったら通えたかもしれない。
 食べ物に困ることも、派遣のくせにと馬鹿にされることも、深夜のコンビニで働くこともきっとなかった。
 
「そしてこちらは七海さんが通帳を作った日から現在までの取引履歴です」
 出入金記録には毎月叔母に送金した履歴がしっかりと残り、残高が1000円程度になった月もあるほど貧困している。
 最近は西九条弁護士事務所から、その前は派遣先から、学生時代は新聞配達のアルバイト代が振り込まれていた。
 
 だが──。

「遺産は……?」
 取引は0円スタート。
 遺産が一度も振り込まれていない通帳の記録に、叔父は絶句する。
 七海はもらっていないと首を横に振った。
 
「では、叔母さんに質問させていただきます。マイホームの頭金はいくらでしたか?」
 大和の質問に、叔父も真も、もちろん七海も一斉に叔母の顔を見る。
 叔母は遺産推定額の書類を見つめながら、ギリッと奥歯を噛み締めた。