ねじれの位置の恋人 ~世界でたったひとり、出会ってはいけなかった人~

「まず、銀行でお金を借りると……」
 西九条は打ち合わせ机に置いてあるA4用紙とボールペンを手に取ると、図を描きながら七海に元金の他に利息が必要なことを教えてくれる。
 金利によって返す総額が変わることや、返済計画を考えなくてはならないことも教えてくれた。

「どこからお金を借りたのか、借りたのはいつで、いくら借りたのか、今までどのくらい返したのかがわからないと何とも言えないけれど、急に6万の返済が10万になることはありえないと思うよ」
 お金の相談をたくさん受けているであろう西九条がありえないと言うのなら、やっぱりこれは変なんだ。
 
「少し七海ちゃんのことを調べてもいい? 返済金額とか」
「調べられるんですか?」
「弁護士だからね。大和とも情報共有するけれどいい?」
 西九条に聞かれた七海は躊躇いながら頷いた。
 できれば大和には知られたくなかったけれど。

「お願いします」
 西九条がその場でサラッと書いた委任契約書に七海はサインをする。
 扉の「使用中」を「空き」に変更してから受付へ戻った七海は、今日登録したスケジュールにミスがないか、ひととおり確認をしてから帰ることにした。
 

 七海が出て行った個室で、西九条は大和にメッセージを送った。

『委任契約にサインをもらった』
『手間をかけてすまない』
 我々弁護士は、依頼なしに勝手に調査することはできない。
 プライバシー侵害にあたるからだ。
 
 金曜の夜、大和から相談を受けた時は驚いた。
 叔母に頬を叩かれたのではないか、右手首のヒビは叔母に突き飛ばされたのではないかと疑っていること、金まで要求されているようだと大和から聞いたときは信じられなかった。
 
「あれは脅迫だ」
 叔母が10万送金を要求するなんて、何か理由があるのだろうと思ったが、あれは脅迫に近いのではないだろうか?
 森口に聞いた七海の学生時代の様子は大和と共有済み。
 新聞配達をしていたことも、金の無心をしに来たと叔母が森口に言っていたことも。
 
「可哀想だなぁ」
 お父さんが亡くならなければ、お母さんは今もきっと生きていて、普通の家族環境で学校へ通い、もしかしたら大学や専門学校に進学していたかと思うと、七海が可哀想に思えてくる。

 そして七海には言えないが、大きく括れば大和も被害者のひとりだ。

「君たちは出会わない方が幸せだったよ」
 それでも偶然出会ってしまった二人は、何の因果か惹かれ合ってしまった。

「まるで『ねじれの位置』にいるみたいだ」
 運命って残酷だよねと西九条は目を伏せる。
 
「あ~、離婚裁判の方がよっぽど簡単だよ」
 西九条は二人の将来を案じながら、七海の委任契約書をファイルに閉じた。