駅から徒歩20分、築67年、家賃4万のおんぼろアパートは、大通りを入った誰にも見つからないような隠れた場所にあり、壁が薄く、冬は外気と同じような気温。
玄関は昔ながらの鍵が一個でセキュリティは甘い。
ポストは誰でも開けることが可能だし、雨の日はアパートの階段が滝みたいになる。
中はもちろんレトロで、日に焼けた和室は砂壁。
吊り下げられているのはお婆ちゃんの家でしか見たことのない四角い電気だ。
まるでここだけ昭和にタイムスリップしたかのように。
外観はもちろん築年数に応じた見た目で、知らない人は廃墟だと思うかもしれない。
「危なくないか?」
「いちおう玄関に鍵もかかりますし、こんなところでは盗む物もないので」
大丈夫ですよと七海が気まずい顔で微笑むと、佐野はスマートフォンを取り出した。
「連絡先を。なにか困ったら連絡してくれ」
七海もスマートフォンを取り出し、連絡先を交換する。
「給料日を過ぎたら今日のお礼をさせてください」
「期待しないでおく」
ふっと口角を上げたその笑顔は犯罪では?
朝からお世話になりっぱなしだったのに、初めて佐野の笑顔を真正面から見た七海は、心臓を撃ち抜かれそうだった。
「本当にありがとうございました」
お辞儀をした七海はおんぼろアパートの錆さびの階段の前を通り過ぎ、一階の三番目の部屋へ。
本当にここに住んでいるのかって疑っているでしょう?
本当にここなんです!
ここより安い家賃のところがないんです!
七海は言い訳しながら建付けの悪い玄関を開け、部屋に入った。
佐野の部屋とは大違いな、寒くて古くて狭い部屋。
「あんなに素敵な人も世の中にはいるんだなぁ」
優しくてカッコよくて、おしゃれなところに住んでいるお医者さん。
「住む世界が違いすぎる」
七海は夏物と冬物と合わせてたった2個しかないプラスチックの衣装ケースから着古したスウェットを取り出し、今日来ていた服を洗濯桶に放り込んだ。
もちろん洗濯機なんてものは、うちにはない。
テレビもないし、家具家電は最低限だ。
冷蔵庫と電子レンジはさすがにあるけれど。
「……私も大学に行ってみたかったなぁ」
大学へ行っていたら、正社員になれただろうか?
お給料はたくさんもらえただろうか?
もし、両親が生きていてくれたら──。
そこまで考えた七海は、自分の考えを否定するかのように首を横に振った。
お風呂に入り、薄っぺらい布団を和室に敷いた七海は、暖を取るため早々に布団へ。
「また会えたらいいな」
なんて図々しいよね。
こんな貧乏人が。
七海は小さな箱の上に乗せられた両親の位牌を見ながら「おやすみなさい」と呟き、目を閉じた。
◇
翌日、出社した七海は係長をはじめ、同じ係の人たちに謝罪した。
社交辞令かもしれないが、「体調が悪い日は無理しない方がいいよ」と声をかけてくれた人もいたけれど、係長だけは許してくれなかった。
「どうして前日に印刷しておかなかったんだ!」
「すみません。18時まで待ちましたが……」
「終わるまで待てばいいだろう! 派遣のくせに与えられた仕事もできないのか!」
そんな簡単な仕事もできないのかと言われた七海は、すみませんと謝罪する。
そもそも午前中締め切りの書類を18時になっても出さなかった人にはお咎めはないの?
「今日までの資料は?」
「一昨日、係長にメールを……」
「そんなメールはもらっとらん!」
ドン! と大きな音が鳴り響いた執務エリアは一瞬で静まり返った。
「今すぐ送ります」
絶対に送ったのに!
七海はグッと唇を噛みながら、自席に戻るとすぐに一昨日送ったメールを再送した。
再送したのは朝9時前なのに。
定時にパソコンの電源を切った七海を引き留めたのは係長だった。
「資料、やり直し」
「えっ? どこを修正したら……」
「そんなもん自分で考えろ」
じゃ、お先と係長は帰っていく。
七海は係長を引き留め、修正箇所をもう一度尋ねたが、「こんな簡単な仕事もできないのか」と七海を馬鹿にする言葉しか返ってこなかった。
玄関は昔ながらの鍵が一個でセキュリティは甘い。
ポストは誰でも開けることが可能だし、雨の日はアパートの階段が滝みたいになる。
中はもちろんレトロで、日に焼けた和室は砂壁。
吊り下げられているのはお婆ちゃんの家でしか見たことのない四角い電気だ。
まるでここだけ昭和にタイムスリップしたかのように。
外観はもちろん築年数に応じた見た目で、知らない人は廃墟だと思うかもしれない。
「危なくないか?」
「いちおう玄関に鍵もかかりますし、こんなところでは盗む物もないので」
大丈夫ですよと七海が気まずい顔で微笑むと、佐野はスマートフォンを取り出した。
「連絡先を。なにか困ったら連絡してくれ」
七海もスマートフォンを取り出し、連絡先を交換する。
「給料日を過ぎたら今日のお礼をさせてください」
「期待しないでおく」
ふっと口角を上げたその笑顔は犯罪では?
朝からお世話になりっぱなしだったのに、初めて佐野の笑顔を真正面から見た七海は、心臓を撃ち抜かれそうだった。
「本当にありがとうございました」
お辞儀をした七海はおんぼろアパートの錆さびの階段の前を通り過ぎ、一階の三番目の部屋へ。
本当にここに住んでいるのかって疑っているでしょう?
本当にここなんです!
ここより安い家賃のところがないんです!
七海は言い訳しながら建付けの悪い玄関を開け、部屋に入った。
佐野の部屋とは大違いな、寒くて古くて狭い部屋。
「あんなに素敵な人も世の中にはいるんだなぁ」
優しくてカッコよくて、おしゃれなところに住んでいるお医者さん。
「住む世界が違いすぎる」
七海は夏物と冬物と合わせてたった2個しかないプラスチックの衣装ケースから着古したスウェットを取り出し、今日来ていた服を洗濯桶に放り込んだ。
もちろん洗濯機なんてものは、うちにはない。
テレビもないし、家具家電は最低限だ。
冷蔵庫と電子レンジはさすがにあるけれど。
「……私も大学に行ってみたかったなぁ」
大学へ行っていたら、正社員になれただろうか?
お給料はたくさんもらえただろうか?
もし、両親が生きていてくれたら──。
そこまで考えた七海は、自分の考えを否定するかのように首を横に振った。
お風呂に入り、薄っぺらい布団を和室に敷いた七海は、暖を取るため早々に布団へ。
「また会えたらいいな」
なんて図々しいよね。
こんな貧乏人が。
七海は小さな箱の上に乗せられた両親の位牌を見ながら「おやすみなさい」と呟き、目を閉じた。
◇
翌日、出社した七海は係長をはじめ、同じ係の人たちに謝罪した。
社交辞令かもしれないが、「体調が悪い日は無理しない方がいいよ」と声をかけてくれた人もいたけれど、係長だけは許してくれなかった。
「どうして前日に印刷しておかなかったんだ!」
「すみません。18時まで待ちましたが……」
「終わるまで待てばいいだろう! 派遣のくせに与えられた仕事もできないのか!」
そんな簡単な仕事もできないのかと言われた七海は、すみませんと謝罪する。
そもそも午前中締め切りの書類を18時になっても出さなかった人にはお咎めはないの?
「今日までの資料は?」
「一昨日、係長にメールを……」
「そんなメールはもらっとらん!」
ドン! と大きな音が鳴り響いた執務エリアは一瞬で静まり返った。
「今すぐ送ります」
絶対に送ったのに!
七海はグッと唇を噛みながら、自席に戻るとすぐに一昨日送ったメールを再送した。
再送したのは朝9時前なのに。
定時にパソコンの電源を切った七海を引き留めたのは係長だった。
「資料、やり直し」
「えっ? どこを修正したら……」
「そんなもん自分で考えろ」
じゃ、お先と係長は帰っていく。
七海は係長を引き留め、修正箇所をもう一度尋ねたが、「こんな簡単な仕事もできないのか」と七海を馬鹿にする言葉しか返ってこなかった。



