ねじれの位置の恋人 ~世界でたったひとり、出会ってはいけなかった人~

「おっと。時間、時間。森口、昼イチから傍聴に行くから早めに支度しといて」
「わかりました」
 真は3個目の鮭おにぎりを急いで食べると立ち上がる。

「傍聴?」
「勉強のために法廷へ連れて行ってくれるんだ」
 実際の裁判の雰囲気はすごいのだと、珍しく興奮気味に真が笑う。

「七海は無理するなよ。荷物とかここに置いておけよ。あとで運ぶから」
「ありがとう、真くん」
 お昼休みが終わると同時に、真は西九条と出かけていってしまった。
 七海は左手だけでキーボード入力するので時間がかかってしまったが、なんとか依頼人に相談可能日時を送付し、次の仕事にとりかかった。

    ◇

 法廷の傍聴席は満席ではないが、かなり埋まっていた。
 後ろの方の空いている席に座った真は、ノートを取り出し、さっそくメモを取る。
 今日の裁判は、心疾患患者への不適切な薬剤処方による心原性脳梗塞発症に関する損害賠償請求事件。
 簡単に言うのであれば、医療事故ではないのかという裁判だ。

「あれが大和だよ」
「え? 佐野弁護士の案件だったんですか?」
「うん。ライバルがどんな人か知りたいかと思って」
 西九条のありがたすぎる配慮に、真は苦笑する。

 弁護士で、医者で、顔が良くて、料理もできる男。
 大和を見た真は、「なるほど」と納得せざるを得なかった。

 専門用語が飛び交い、診断義務、過失、因果関係が争点となる。

「……すごい」
 医学的知見があるからこその大和の対応に、真は息をのんだ。
 
「強敵でしょ」
「今のところ、中学から七海を想っているということしか勝てるところがありません」
「え? そんな昔から?」
 七年の片想いにドン引きされながらも、他で勝てそうなものが見つからない。

 整いすぎた見た目も然ることながら、身長ですら彼には勝てない。
 もちろん弁護士としてのキャリアもインターンの自分では敵うわけはなく、さらに医師免許も持っているなんて反則じゃないか。
 もし七海のことがなければ、間違いなく憧れの弁護士になったであろう大和の姿に、真は膝の上で拳を握った。

 大和が提出した医療調査書を見た相手が動揺したところで、本日は終了。
 西九条が「勝ったな」と呟いた瞬間、真は大和と目が合った。
 大和の視線はすぐに西九条に移ったが、一瞬で大型生物に狙われた小鹿のような気分に。
 圧倒的存在感の大和に、真は目を伏せた。

「どうだった?」
「用語からわからないことばかりで、とにかくすごかったです」
 語彙力がないなと反省しながら、真はメモをしたノートをグッと握った。

「ずっと依頼人を気遣っているのがわかりました。寄り添っているというか、一緒に怒り悲しんでいるというか、すみません。うまく表現できないんですけど」
 真の言葉に、西九条はうんうんと同意してくれる。
 言いたいことは何となく伝わったようで、真はホッとした。

「本当は話す機会をつくってあげたいんだけど、今日は無理でごめんね」
「いえ。佐野弁護士も忙しいと思いますので」
 いつかあの人に勝ちたい。
 弁護士としても、男としても。

 目標となる人が見つかった真は、もっと勉強しなくてはと決意を新たにした。