ねじれの位置の恋人 ~世界でたったひとり、出会ってはいけなかった人~

 目の前にいる怒った叔母の姿に、七海は目を見開いた。

「あんた、家まで来るってどういうつもり?」
 二度と来るなと言ったのになぜ来たのか、電話も迷惑、真に付き纏うのはやめろ、早くどこかに行け。
 叔母から発せられた言葉が七海の胸に杭のように刺さる。
 中学高校時代も叔母とはできるだけ顔を合わさないようにしていたが、二年ぶりに会っても何も変わらないのだと知った七海は、もう二度とここには来ないと心に誓った。

「叔母さん。私の両親の借金ですが、あといくらありますか?」
 立ち上がろうとした七海は、尻もちをついた時に右手首をひねってしまったことにようやく気が付く。
 痛みを我慢しながらゆっくりと立ち上がった七海は、左手でお尻の砂を払った。

「具体的にいくらで、あと何年払わなくてはいけないのか教えてください」
「あんたなんなの? そんなくだらないことを聞きにわざわざここまで?」
 だったらその新幹線代もこっちに送金しろと言う叔母に七海は呆れた。

「叔母さんが電話に出なかったので」
「私が悪いって言うの?」
 次の瞬間、七海の左頬に衝撃が走る。
 叔母に叩かれたのだとわかるまで、七海の思考は数秒間停止した。
 
 なんで叩かれるの?
 なんでこんなに嫌われないといけないの?
 学生時代だってできるだけ迷惑をかけないようにしたのに。

 もう会わない。叔母さんとはもう会いたくない。
 だからここではっきりさせないと。

「金額を教えてください!」
「うるさい! 一生かけても払えないくらいあるんだよ」
「二度とここには来ませんから、金額を教えてください!」
「帰れ!」
 せっかく立ち上がったのに、再び押された七海は後ろによろける。
 今度は身構えたおかげでお尻と地面の衝突は回避できたが、玄関の扉はバタンと閉められてしまった。

 一生かけても払えない金額っていくらなのだろう……。
 車がないからきっと叔父は出かけている。叔父が帰ってくるまでここで待つ……?
 でも叔父も教えてくれるとは限らない。
 ここに住まわせてもらっている時も、単身赴任でいなかった叔父と会話をしたのは盆正月の数回しかないから。

 どうしよう。大和は喫茶店で待ってくれているのに。

『叔父さんが帰ってくるまで待ちたいので、夕方になりそうです』
 七海が大和にメッセージを送るとすぐに既読になる。

『何時になりそうだ?』
『何時に帰って来るのかわからなくて』
『21時の新幹線が最終だぞ』
 ということは、19時半にはここをでないといけないんだ。

『叔父さんに会えたら連絡するので、大和さんは金沢を観光してきてください』
『わかった』
 一緒にお店とか回りたかったな……。
 七海は大きく息を吐くと、昔住まわせてもらっていた離れの前の石に腰掛け、叔父が帰って来るのを待つことにした。

 日が傾き始めても叔父の車は戻ってこない。
 18時になっても、18時半になっても叔父は戻ってこなかった。

「七海」
「大和さん?」
 新幹線の改札で待ち合わせのはずの大和が、なぜかスーツ姿で現れたことに驚いた七海は目を見開いた。
 なんでスーツ!
 普段着だったのにそのスーツはどこから?
 
「ずっとここにいたのか?」
「コンビニに飲み物を買いに行ったりしましたよ」
 七海は荷物を持って立ち上がる。

「……この頬はどうした?」
「あ。えっと転んでしまって」
 しまった。冷やすの忘れていた。
 
「他に怪我は?」
「手首を捻ってしまって」
 七海の右手首を確認した大和は溜息をついた。