ねじれの位置の恋人 ~世界でたったひとり、出会ってはいけなかった人~

「そうだ、七海ちゃん。ちょっと待っていて」
 店主はせっかく閉めた店を開け、すぐにパンが入った袋とメモを持って戻ってきた。

「これさ、七海ちゃんが辞めた後に、男の人が置いて行った連絡先」
「武田さんから?」
「誰だ?」
「派遣に行っていた会社の社員さんです」
 メモは取引先で見たことがある会社のロゴが付いていて、仕事の途中でこのパン屋に寄ったのかもと想像させられる。
 電話番号とフルネーム、そして「ごめんね」と書かれていた。

「ごめんね?」
「うん、自分が会社で『七海ちゃんに会ったよ』ってしゃべったせいだって言っていたよ」
 武田さんがこのパン屋に偶然来て、それを会社で話して、それを聞いた係長がパン屋に来てしまったから、武田さんが責任を感じているってこと?
 悪いのは係長なのに。

「わっ! これ新作ですか?」
「そう、抹茶。5月はお茶の季節だから」
 焦げやすいから難しいと店主は笑う。

「これにあんこを入れて、小倉抹茶にしてもおいしそうですね」
「七海ちゃん! それ採用!」
「えぇっ?」
 早速明日、試作品を作ると、店主は張り切りながら再び店を施錠する。

「明日の帰り、店に寄れる? 土日の方がいい?」
「えっと」
 七海が大和を確認すると、「好きにしろ」と返される。

「じゃあ、土曜日に」
「いっぱい試食してもらうから、お腹すかせて来てよ。弁護士さんもぜひ一緒に」
 やっぱり大和のことを弁護士って呼んでいる?

「夕方でいいですか? お店が閉まる時間くらいに来ますね」
「ありがとう。待っているよ」
 店長と別れ、なんとなく気まずい雰囲気のままマンションへ向かう。
 
 聞いていいのかな?
 聞かない方がいいのかな。
 でも、聞きたい!

「大和さん!」
「帰ったら話す」
「絶対ですよ!」
 七海が念を押すと、大和は予想外の反応だったのか笑い出した。