ねじれの位置の恋人 ~世界でたったひとり、出会ってはいけなかった人~

「本当にごめん」
 叱られた大型犬のようにシュンとなっている真は新鮮だ。
 中学時代も生徒会長をテキパキやる姿しか見ていないし、高校は受験勉強で毎日塾通いの姿しか見ていなかったから。

「叔母さん、びっくりしていたでしょう?」
 もう二度と会わなくていいと思っていた子が、大事な息子の前にまた現れたんだもんね。
 絶対驚いたでしょ。
 その事務所には就職しちゃダメだって、叔母さんならきっと言うのだろうな。

「すごく驚いてて、俺を追いかけてその事務所に入ったんじゃないかって疑っていたから、七海の方が先にいて偶然だって説明したんだけど」
「でも私は真くんが弁護士になりたいって知っていたんだから、先回りしたんでしょ? って?」
「え? なんでわかったんだ?」
 叔母さんが言いそうだから!

「こっちにいくつ弁護士事務所があると思っているんだよって言っても、なかなか信じなくてさ。ごめんな」
「あはは。叔母さん、変わっていないね」
 真はきっと叔母さんの意見を聞いて違う事務所に就職するだろうし、顔を合わせるのはインターンの間だけ。
 その後はなんとなく連絡も途絶えていくのだろう。
 七海はスマートフォンを鞄にしまうと、代わりに電車のICカードを取り出した。
 
「七海はどっちの電車? 俺はこっち」
「あ、私は反対方向」
「そっか。残念。気を付けて帰れよ」
 ホームに下りると、向こう側のホームに真の姿が見えた。
 七海が手を振ると、気づいた真も手を振り返してくれる。

「七海」
「えっ? 大和さん?」
 タイミングよく来た電車のおかげで真には大和の姿が見えていないだろうか?
 それともギリギリ見られた?
 せっかくなにも聞かれなかったのに、また明日聞かれたら困る!

「さっきの男は誰だ?」
 こっちは見られてた!
 
「いとこです。西九条さんの事務所へインターンに。えっと、偶然」
「いとこ……?」
「はい。お母さんの弟の息子が、さっきの真くんです」
 七海と大和はようやく来た電車に乗り込む。
 
 満員電車で七海が潰されないように大和が守ってくれているみたいだ。
 やっぱり優しいなぁ。
 二駅はあっという間ですぐに満員電車から解放される。

「毎日これか。大変だな」
「派遣の時はこんなに早く帰れなかったので、電車が混んでいてもこの時間に帰れる方がうれしいです」
「比較対象がおかしいぞ」
 大和に笑われながら改札を通過し地上へ出ると、ちょうどパン屋の店長が店を閉めるところだった。
 
「七海ちゃん!」
「こんばんは。店長さん」
「あ、弁護士さんか! 私服だし眼鏡もないから一瞬わからなかったよ。いろいろありがとう」
「いえ」
 ……え?
 今、弁護士って言われて、大和が返事した?
 驚いた七海は慌てて見上げたが、気まずそうな顔をした大和の横顔しか見ることができなかった。